「モノプソニー」(monopsony)解体論の重要性

「モノプソニー」(monopsony)解体論の重要性

塩原 俊彦

わたしは新しい言葉や耳慣れない言葉に敏感であろうとしています。たとえば、「クレプトクラシー」(kleptocracy)とか「クレプトクラート」(kleptocrat)という言葉で多くの情報発信をしている日本人はたぶんわたしでしょう。あるいは、「ディスインフォメーション」(disinformation)についてもそうでしょう。Dishonest Abeという表現で、「ディスオネスト」という言葉もあえて多用しています。最近でいえば、「ビッグアザー」(Big Other)といった言葉や「監視資本主義」(Surveillance Capitalism)に注目しています。

この延長線上で、いまわたしがもっともスポットライトを当てたいのは、「モノプソニー」(monopsony)という言葉です。簡単にいえば、「一人の購買者と多数の販売者からなる市場」のことです。「需要独占」と訳すことも可能です。これに対して、よく知られている「モノポリー」(monopoly)は「多数の購買者と一人の販売者からなる市場」を意味し、「供給独占」を示しています。独占状況での反トラストは、独占価格による割高の消費者への価格押しつけから消費者を救済するために供給側の構成要素の分解を行うことを意味しています。

「モノプソニー」な状況での反トラスト政策は、供給者を救済するために需要側の構成要素の分解をすることを意味しています。こう説明しても、わかりにくいかもしれません。具体的な需要独占体(monopsonists)をイメージしてみましょう。Wired.comにアップロードされた記事(2019年3月14日)によれば、なんらのメディアも生産していないのにもっとも大きなメディア会社であるFacebook、ホテルを所有しているわけでもないのにもっとも大きな観光ホテル(歓待)会社であるAirbnb、タクシーを所有していないのに世界最大のタクシー会社であるUberなどがその具体例ということになります。

こうした「テックジャイアント」(Tech Giant)と呼ばれるIT関連企業よりも前から、「モノプソニー」な会社として有名だったのはウォルマートです(Walmart)。全米中に販売ネットワークを構築したWalmartはのみで削るように供給者を「ちょろまかす」ことでいまでも約25%のグロス・マージンを維持しているとされています。「売ってやるから、Walmartに安く卸せ」と「恫喝する」わけですね。マンゴーからリーヴァイスのジーンズまで、ありとあらゆる商品について「ねじで締めあげる」ように交渉して安く納品させるわけです。より小さな小売業者を「えぐる」ためにWalmartが利用しているのが「大量販売してやるから割り引け」という方法です。こうして、供給者は需要の栓が抜かれて、ものが売れなくなる恐怖にかられ惨めながらもWalmartの要求に屈するしかないという状況に陥っています。

他方で、Walmartで買い物する顧客は、比較的安い価格でものやサービスを購入できます。しかも、品ぞろえも多いことから、顧客の多くは自分の選択に基づく自主的な購入選択が可能と誤解しています。しかし実際には、Walmartの「操作」によってWalmartにとって利益につながる商品・サービスが店頭に並べられて、顧客はその範囲内で選択を迫られているにすぎません。本当に商品やサービスが高品質で適正な価格で販売されているかどうかはまったくわからないのです。

 

「モノプソニー」としてのGoogle

これとよく似た現象がいま、Facebook、Airbnb、Uber、Googleなどでも起きています。Googleについて考察してみましょう。

Googleは1998年に法人化されました。スタンフォード大学大学院の学生だったラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンが創設者です。より関係性の高い検索結果を生み出すアルゴリズムを作成したGoogleはこの検索エンジンを使って広告収入に結びつけることなります。といっても、Googleのビジネスモデルが簡単に創出されたわけではありません。2000年4月以降、不況に入ったことがGoogleの転機となります。Googleは「リンクがより多く集まっているWEBページはより重要である」という基本的な考え方に基づいて、検索結果の順位に反映させることで、恣意的に順位を歪めていた検索エンジンに対抗しました。検索エンジンとしての信頼のうえに、2000年から検索されたキーワードと関係する広告を表示するサービスを開始するのです。その広告をクリックした(たしかに見た)結果に広告料を徴収する「クリック課金サービス」をスタートすることで、Googleは急成長します。加えて、検索エンジン利用者の過去の利用データを検索結果の品質向上に積極的に役立てるようにしました。これが、「行動剰余」(behavioral surplus)とショシャナ・ズボフが名づけたもので、検索エンジンを利用する人々の行動予測につながり、それがGoogleの大きな利益源泉となるのです。

この結果、Googleの検索利用者とGoogleとの関係が大きく変化します。それまで互恵・互酬的な関係であった両者ですが(利用者は無償で検索結果を知り、それを提供したGoogleは広告と利用者を結びつけることで広告料を得ることができました)、「行動剰余」を意識的に利用者から得ることで多数の利用者の行動予測の精度を上げることができ、それを広告主の商品拡販に結びつけてより大きなGoogleの収益につなげられることに気づくのです。その結果、検索利用者はGoogleにとってそれ自体が目的ではなくなり、他の目的にための手段となってしまいました。だからこそ、検索エンジンの利用者のもたらす情報データを秘密裏に監視し、集積して解析するようになります。その際、個人のプライバシー侵害には目を瞑ります。2003年以降、AIを配備してより予測精度が高まるようになりました。そして、Googleは、わたしたちがなにを感じ、なにを考え、どう行動するかを予測するようにデザインされた「予測生産物」(prediction products)を年齢や性別、地域などを考慮した特定のターゲットに広告したい広告主に販売するのです。

これは、利用者からの行動データを検索キーワードとしてGoogleが一方的に需要し、そのデータから行動剰余を含む予測生産物として広告主に供給してその価値を得るというビジネスモデルです。Google検索の精度の高さを背景に、需要独占たる「モノプソニー」が成立しているのです。情報提供者であるにもかかわらず、利用者はなにも対価(quid pro quo)をもらえませんが、検索結果という見返りを得られるので、利用者はこのスキームで自らのプライバシーがリスクにさらされていることに気づきにくいのです。

Googleの「モノプソニー」としての立場はAndroidという携帯電話向けのオペレーションシステムを通じて強化されます。先行するAppleは、App Storeにおいてアプリケーションソフトのインターネット配信サービスをしていましたが、Appleの携帯電話用オペレーションシステムであるiPhoneでは、アプリケーションソフトをApp Storeからしか追加できません。ソフト開発者はApp Storeにアプリ配布の申請を行い、その審査を経て登録されなければ配布ができないのです。つまり、ソフト開発者のアプリの独自配布ができません。これに対して、Androidでは審査は行われておらず、アプリの自由な配布がGoogle Playを通じて行われています。

後発のGoogleは、Androidプラットフォームを「オープン・ソース」型として、Android利用者向けのアプリ開発を開発業者に急がせようとしたわけですね。Google Playを携帯電話に事前にインストールして販売しようとする携帯電話メーカーはGoogleのモバイルサービスを独占的ないしデフォルトとしてインストールしたりライセンス供与したりすることが求められました。具体的にいえば、モバイル端末を買えば、検索、Gmail、Google Play、YouTube、Google Maps、Google Photosなどの機能が無償でついてくるような錯覚に陥ります。余談ですが、これがGoogleのシェア拡大につながっているとして、欧州委員会はGoogleに対する規制強化に乗り出しています(2018年10月、Googleは欧州向けに出荷される端末に対してGmail、YouTube、Google Playなどの無償サービスを止め、ライセンス料を徴収すると発表しましたが、これはGoogleが自社サービスへの接続アプリをメーカーに強要しているとの批判をかわすためとみられています)。

こうしてGoogleは携帯電話やスマートフォンなどのモバイルフォン市場においても、「モノプソニー」としての地位を確立しつつあります。SamsungのGalaxy、SonyのXepriaなどに搭載されたAndroidは世界でもっとも高いシェアを誇るモバイル・オペレーション・システムであり、この端末利用者に各社のサービスを利用してもらうためにAndroidに基づくアプリケーションソフト開発は各社にとってきわめて重要なビジネスツールとなっています。つまり、Googleは各社のアプリ供給を受けつける需要先として独占化しつつあるのです。供給側はGoogle Playにアプリを登録するために初期登録費(25ドル)がかかります(Apple Storeへの公開には年間参加費99ドルが必要)。2016年9月にレジスターというニュースレターが明らかにしたところでは、その当時の最新Androidフォンに事前にインストールされていたGoogle Playのアプリは継続的に利用者の位置をチェックし、第三者のアプリへの情報をGoogle自体のサーバーへも送信していました。Googleはほぼ独占的にアプリを需要しつつ、供給者とともに利用者の活動をより詳細に監視することが可能となったわけです。

Googleはこの「モノプソニー」としての立場を悪用して、アプリ供給者よりも優位な立場からその影響力を行使できるようになるのです。

 

「モノプソニー」としてのFacebook

つぎにFacebookもまたモノプソニー的であることを示したいと思います。FacebookはWalmartに似ています。多数の供給者をかかえているWalmartと同じように、Facebookには多数の情報提供したいメディアが情報供給者として控えています。Facebookはメディアに対して概してなにも支払いません。その代わり、Facebookはメディアのもつコンテンツの伝播する機会を提供するのです。問題は、Facebookがその伝播機会の提供という潜在性をカネに代えて宣伝料として奪い取っている点にあります。広告する権限をたくさんの読者・視聴者を売りにした新聞やテレビ局のような発信者からはじき飛ばし、個人のデータに基づく特定の個人にターゲットを絞った広告主にもたらしたのがFacebookなのです。Facebookのせいで、従来のメディアは広告収入の多くを失うことになりました。Facebookのプラットフォームを使って飛び交う情報から、メタデータなどを収集し、それを広告などに活用してFacebookも「行動剰余」を得ているのです。

こうしたモノプソニーによって、個人と個人、個人と組織をつないで広がる空間(society)が歪められてしまうという危機感がいま米国でとくに広がっています。民主党の次期大統領候補者の一人である、エリザベス・ウォーレン(Elizabeth Warren)は2019年3月15日、Amazon、Facebook、Googleという「テックジャイアント」の解体計画を公表しました。今後、大統領選の過程において、モノプソニー解体論が議論されることになるとみられます。

「21世紀龍馬」たる者、こうした最先端の動きに過敏であってほしいと思います。もはや日本のIT産業程度の小規模な会社の動きを議論しても地球規模の奔流に押し流されてしまうだけです。世界の潮流の変化をしっかり見極めて、自らの人生に活かしてほしいと思います。そのためには、とにかく勉強をしてほしい。本当に大切なことを報道しない日本のマスメディアは滅びゆくしかないでしょう。だからといって、モノプソニーを放置することはできません。それではどうすべきか。「21世紀龍馬」に考えてほしい課題です。

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塩原 俊彦

(21世紀龍馬会代表)

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