ウィキペディアの「うんち化」:WPの記事も参照してほしい

2025年10月25日の夕刻、拙稿「知られざる地政学」連載(113):ウィキペディアをめぐる諸問題:Enshittification(うんち化)という現実()が公表された。最近書いた論考のなかで出色の出来栄えであると思っている。

そんな私にとって、2025年10月25日付の「ワシントンポスト」の記事「ウィキペディア共同創設者が右派の反対運動に拍車をかける」は大いに参考になった。米国にも、私と同じ問題意識をもった人がいるのだ。どうか、先の私の考察と合わせて、WPの記事も熟読してほしい。

 

「九つの論題」の重要性

記事では、ウィキペディアの共同設立者の一人、ラリー・サンガーの提唱する「九つの論題」の重要性が説かれている。これは、私の連載(113)でも紹介しておいた。日本のウィキペディアにもそのまま当てはまる重要な問題である。

ここでは、詳しい話は割愛する。関心のある者はぜひ、私とWPの記事を読んでほしい。

 

集合知の落とし穴

ウィキペディアは「集合知」のわかりやすい例である。その集合知は、権力者によって利用されやすいことを肝に銘じなければならない。

個々人は本来、わずかな知しかもたない。個人知をさらに嘘によって騙すことで、その知を個々人によって喧伝させ、つまり、彼らを騙す側に回らせ、集合知とすることで、集合知(集団的知性)そのものを劣化させる。これが、権力者による集合知の利用である。

私が意図的に厳しく表現する「バカによるバカの再生産構造」がこの集合知によって構造的なものにまで強化されてしまう。

加えて、自分が愚かであることに気づかぬままに不勉強なまま、嫉妬や妬みにくれる者は、この集合知を盾にしながら、私のような集合知批判者を批判し、排除するようになる。こうしてますます集合知に基づく右傾化あるいは左傾化が進捗してしまう。

 

知の本質

ここで必要なのは、知の多くが「信じることを通じて知ること」に近いことを思い出すことである。外部の権力者を信じることで知った内容が知であると誤解して、つまり、騙されてその知を拡散させることで集合知(集団的知性)も全体も騙された状態に陥ってしまうのだ。逆に、権力者への信頼がなければ、そもそも権力者に都合のいい情報が知として受け入れられることはない。

こう考えると、権力者は強制的に国民に無知を強いるのではなく、国民の側からの信頼を得られるようにすれば、国民は権力者の情報を信頼し、知として受け入れるようになる。それが結果として、国民を無知の状態、権力者寄りの情報以外を無視することによって、知を取得しにくくする行為の結果としての無知に陥らせることになっても、国民はその無知に甘んじて気にかけないだけなのだ。

ウィキペディアは、ボランティアによる集合知といいながら、その多くのボランティアがすっかり騙された存在でありながら、その事実に気づいていない。しかも、「ボランティア=善」であるかのような誤解もあって、ボランティアによる集合知は信頼に値するかのような間違いが支配的になっている。

これでは、集合知による「ナチ化」が簡単に進んでしまう。まさに、「うんち化」そのものが進んでいるとも言える。

私は、個々人がもっともっと勉強し、こうした集合知の「嘘」に騙されないようにすることが大切だと思う。ウィキペディアを擁護したいのであれば、サンガーの「九つの論題」に基づいて、その大改革を推進すべきだろう。ウィキペディアはすでに「うちん化」しているのだから、抜本的な改革が必要だろう。

 

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塩原 俊彦

(21世紀龍馬会代表)

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