NHKの誤報が教える深刻さ:これでは民主主義は担保できない

3月か4月には、拙著『ウクライナ戦争をどうみるか:情報リテラシーの視点で』が刊行されます。そのなかで、「読み書き」能力を意味する「リテラシー」の大切さについて論じています。そこで、訴えている論点の一つに、「プライミング効果」(priming effect)というのがあります。連想活性化というもので、「食べる」という単語を見たり聞いたりした後に、so□pという穴埋め問題が出れば、soapよりもsoupと答える人が増えてしまう。これこそ連想活性化による効果ということになります。これに、「ハロー効果」(Halo effect)、すなわち、いわゆる「光輪」「後光」効果が加わると、いっそうだまされやすくなります。さらに、「認知容易性」(cognitive ease)、すなわち、慣れ親しんだものが好きという性向にも注意が必要です。繰り返される経験、見やすい表示、機嫌がいいなどの原因は、親しみを感じる、信頼できる、楽だと感じるといった結果をもたらしてしまうのです。

 

人間のだまされやすさ

こうした典型例として、この本のなかで、つぎのように書いておきました。

 

「「ロシアは悪」からの連想で、「プライミング効果」により、なおいっそう「プーチン=極悪人」というイメージが高まるかもしれない。こうした思考に拍車をかけたのが二〇〇八年八月の「五日間戦争」をはじめたのもロシアだったという、まったく誤った報道だ(後述するように、これはまったくの出鱈目だが、ウクライナ戦争勃発後、この虚報が日本経済新聞社の二人の編集委員によって流され、その後も訂正されていない)。

 さらに、「認知容易性」により、これまでの報道によるプーチン嫌いの感情がこのプーチン嫌いを深化させるにことになる。より、深刻なのは、NHKに代表されるテレビ放送において、こうした映像への疑問がきちんと報道されないことから、NHKのもつ「ハロー効果」もあって、何の疑いもなく映像が多くの日本人に信じられてしまうことになる。」

 

五日間戦争について

ここでいう、五日間戦争にかかわる誤報について詳しく説明してみたいと思います。まず五日間戦争について書いてお話ししましょう。南オセチアやアブハジアの領有権をかかえるグルジアに対して、北大西洋条約機構(NATO)は2008年4月、ルーマニアのブカレストで開催されたNATO首脳会議で、グルジアとウクライナにNATO加盟を約束しました。これが引き金となって、NATO支援の確約と受け取ったミヘイル・サアカシヴィリ大統領(当時)は2008年8月8日に開催される夏季北京五輪の前夜、南オセチア侵攻の先端を開く決断をしました。当時、ロシアはグルジアに何度も挑発的な軍事演習などを繰り返しており、それがサアカシヴィリによる奇襲につながったのです。

ここでの記述は、欧州連合(EU)理事会が2008年12月に設置した「グルジア紛争に関する独立国際事実調査団」が翌年9月に公表した報告書(https://www.echr.coe.int/Documents/HUDOC_38263_08_Annexes_ENG.pdf)に書かれている内容に基づいています。702頁にもおよぶ報告書の19頁に、「2008年8月7日から8日にかけて、グルジア軍がツヒンバリ市とその周辺地域に対して大規模な軍事作戦を行い、公開の敵対行為が開始された」とはっきりと書かれています。

 

「嘘」を垂れ流す二人の日経編集委員

私は日本経済新聞で記者をしていたことがあります。ゆえに、その内情をよく知っている。それにしても、「虚報」を流しておきながら、訂正さえせずに平然と記事を書きつづけている編集委員が二人もいる新聞社というのは、「先輩」として恥ずかしさに堪えない。ともかくも、二人の記事から紹介してみましょう。

飯野克彦という編集委員は、2022年2月1日付で「東欧で高まるロシアへの警戒感 対中外交にも及ぶ影響」(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD242WZ0U2A120C2000000/)なる記事を公表しました。そのなかで、彼は、「〇八年の夏の北京五輪が開幕した日、ロシアはジョージアに対する軍事作戦に踏み切った」と書いている。この編集委員は何を根拠にこんな嘘を書いているのでしょうか。不思議に思いませんか。事実は、ジョージアが軍事作戦に踏み切ったのですから。

日経は翌日も虚報を垂れ流します。今度は、中沢克二編集委員です。「五輪休戦は空文、中ロが操る台湾とウクライナの連環」(https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK31CRF0R30C22A1000000/)なる記事のなかで、彼はその出だしをつぎにはじめている。

 

 「ロシアからプーチンが出席した晴れがましい北京の国家体育場(通称・鳥の巣)での五輪開幕式のまさにその日、ロシア軍が戦闘を開始――。これは二月四日の北京冬季五輪開幕日に関する「大予言」ではない。二〇〇八年八月八日、夏の北京五輪が幕を開けた日、実際に起きた歴史の一コマである。当時、ロシア軍が戦った相手はジョージア軍だった。」

 

 こうした歴史上の事実と異なる内容を書くのであれば、その根拠を示してほしいと思いませんか。二人は、何が何でも常に「ロシアが悪い」という偏見のもとに記事を書いているとしか思えない。こんな虚報を二人の編集委員が書いていることに愕然とします。

 それだけではありません。私はこの二人の編集委員のことを「論座」で批判したことがあります(たとえば、「「熊が来る」という嘘」[https://webronza.asahi.com/politics/articles/2022021400003.html])。にもかかわらず、日本経済新聞は無視しつづけている。このため『プーチン3.0』においても、この二人の実名を出して批判しておきました。27頁の「コラム1 「嘘の帝国」」において、つぎのように書いておいたのです。

 

「マスメディアの傍若無人は、 訂正さえしないという姿勢によく現れている。たとえば、2008年8月にはじまったロシアとグルジア(ジョージア)との五日間戦争がロシアの開戦したものだとして、平然と嘘をばら撒き、訂正さえしない者がいる(日本経済新聞の飯野克彦と中沢克二という編集委員)。マスメディアの無反省こそ、民主主義なるものをますます虚妄なものに貶めている、とぼくは考えている(この点については、第7章第1節を参照)。」

 

ついでに、拙著『ウクライナ3.0』の8ページには以下のように指摘しておきました。

 

「ここでぼくは、2008年8月8日にはじまった、いわゆる「五日間戦争」 を思い出す。この年の夏、ロシアの第五八統合軍は南オセチアで実弾演習を行い、南オセチアへの攻撃が発生した場合、ロシアは黙っていないというシグナルをグルジア(ジョージア)のミヘイル・サアカシヴィリ大統領に送った。訓練弾を発射した後、陸軍部隊はこの地域から撤退したが、現地に残った大隊群はその後、グルジア軍との睨み合いで大きな役割を果たした。このロシア軍の挑発に対して、サアカシヴィリは、戦端を開いても北大西洋条約機構(NATO)が支援してくれるという誤った期待のもとに、北京五輪開催日の前夜、砲撃開始を命じたのである(あきれ返ることに、いまでも日本では、日本経済新聞やTBSなどで、この戦争がロシアによってはじめられたと報道されている。読者は事実関係すらまともに報道できないマスメディアに取り囲まれているのだ)。」

 

NHKの報道に唖然

2023年1月29日午後7時のNHKニュースをみていると、まったく同じ誤報を流していました。ロシアが北京五輪開始直前にジョージアに侵攻したという話を報道したのです。これをみていて、もう一度、この話をしっかりと書いておかなければならないと思い、急遽、この原稿を書くことにしたわけです。

どうしてNHKはこんな誤報を流すのでしょうか。たぶん、不勉強なのでしょうね。たとえば、日本語で書かれた「ウィキペディア」には、「南オセチア紛争 (2008年)」という項目があります。そこでは、「2008年8月7日の午後、グルジア軍は南オセチア地区の首都ツヒンヴァリに陸軍、空軍を投入して大規模な軍事攻撃を行った。グルジア軍の主張によれば、先に軍事行動を起こしたのはロシア連邦軍である」と書かれています。私が紹介した調査報告書はまったく出てきません。このウィキペディアを書いた人そのものがまったくの不勉強なわけですね。ついでに、英語のGeorgian–Ossetian conflictという項目でも、調査報告書が使われていません。英語の説明を書いた人物もまったくの不勉強といわざるをえません。

 

どうかもっと勉強してほしい

どうしてこんな誤報が頻発するのでしょうか。事実さえ報道できないマスメディアのもとで、民主主義など成り立つのでしょうか。

もうすぐ「独立言論フォーラム」において、拙稿「ゼレンスキー政権の腐敗実態:日本政府は支援物資の横流しをチェックせよ」という記事がアップロードされます。ポーランドからの人道支援物資1500トンのうち1000トンほどが盗まれていたことをみなさんはご存じでしたか。ウクライナの腐敗はゼレンスキー大統領の腐敗に直結しています。こんな国を支援することにどんな意味があるのか、よく考えてほしいと思います。ぜひ読んでみてください。そして、日本のマスメディアの堕落ぶりに気づいてほしいと心から思います。

プーチンは「極悪人」ですが、ゼレンスキーは決して「善人」ではありません。「悪」の程度が問題なのです。そんなことに気づかないまま、日本もまた戦争に巻き込まれてしまうのでしょうか。たぶん、このままでは100%そうなると、私は危惧しています。

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塩原 俊彦

(21世紀龍馬会代表)

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