懲りない「ニューヨーク・タイムズ」:アムネスティ・インターナショナルの報告をめぐって

2023年4月28日付の「ニューヨーク・タイムズ」は、「アムネスティ・インターナショナルのウクライナ批判に欠点があるとする未公開報告書」という記事を公表した。しかし、この記事は、意図的にNYTによって捻じ曲げられていると感じないでもない。拙著『ウクライナ戦争をどうみるか』においても紹介したアムネスティ・インターナショナル(AI)の報告書にかかわる問題なので、ここで論じておきたい。

 

 

拙著では、「第3章 ウクライナ側の情報に頼りすぎるな」の第一節「アムネスティ・インターナショナルが伝える真実」として、つぎのように書いておいた(縦書きを横に印字)。

 

「二〇二二年八月四日、世界的な人権団体として有名なアムネスティ・インターナショナル(AI)は「ウクライナ:ウクライナの戦闘戦術は一般市民を危険にさらす」(https://www.amnesty.org/en/latest/news/2022/08/ukraine-ukrainian-fighting-tactics-endanger-civilians/)というニュースリリースを公表した。それによると、「二月に始まったロシアの侵攻を撃退したウクライナ軍が、学校や病院を含む人口の多い住宅地に基地を設置し、兵器システムを運用することによって、一般市民を危険にさらしている」としている。

 つまり、ウクライナからの映像を何となくみていると、ロシア軍は学校や病院にまでミサイル攻撃していて「血も涙もない冷酷非道な連中だ」という印象をもつだけかもしれない。ところが、ウクライナ軍があえて病院、学校、住宅に兵士を送り込み、そこを基地のように使用していたとすれば、ロシア軍のミサイル攻撃が冷酷非道なものとまでは思わないだろう。むしろ、ロシア軍の攻撃を誘発するかもしれない状況を自らつくり出し、ウクライナの民間人や子どもを危険にさらすことを厭わないウクライナ軍のやり方に大きな疑問をいだくのではないか。

 AIの研究者は四月から七月にかけて、数週間にわたり、ハリコフ、ドンバス、ミコライフ地域におけるロシアの空爆を調査した。この組織は、攻撃現場を視察し、生存者、目撃者、攻撃の犠牲者の親族にインタビューを行い、リモートセンシングと武器分析を実施したものだ。これらの調査を通じて、研究者は、ウクライナ軍が地域の一九の町や村で、人口の多い住宅地内から攻撃を開始し、民間の建物に拠点を置いている証拠を発見したという。

 兵士が身を寄せたほとんどの住宅地は、前線から何キロも離れていた。民間人を危険にさらすことのない、軍事基地や近くの密林、あるいは住宅地から離れた場所にある他の建造物など、有効な代替手段があったにもかかわらず、あえて住宅地に拠点を置いたのはなぜなのか。AIは、「記録した事例のなかで、住宅地の民間建造物に身を寄せたウクライナ軍が、民間人に近くの建物から避難するよう求めたり支援したりしたことを知らない」とまで書いている。つまり、ウクライナ軍は民間人をあえて危険にさらしてまでして、民間の建物や学校、病院がロシア軍によって攻撃されている情景を流し、ウクライナ人や海外の人々に反ロシア感情を煽り、復讐心を盛り上げようとしてきたのではないかという大いなる疑いが濃厚なのだ。

 現に、AIの研究者は、ウクライナ軍が病院を事実上の軍事基地として使っているのを五カ所で目撃した。二つの町では、数十人の兵士が病院で休息し、歩き回り、食事をしていた。別の町では、兵士が病院の近くから発砲していたという。さらに、訪問した二九校のうち二二校で、AIの研究者は、敷地内で兵士が使用しているのを見つけたか、現在または過去の軍事活動の証拠(軍服、廃棄された軍需品、軍の配給袋、軍用車両の存在など)を発見したという。

 国際人道法は、すべての紛争当事者に、人口密集地内またはその近くに軍事目標を設置することを可能な限り避けるよう求めている。その他、攻撃の影響から民間人を保護する義務として、軍事目標付近から民間人を排除することや、民間人に影響を与える可能性のある攻撃について効果的に警告を発することなどがある。

 にもかかわらず、ウクライナ側はこうした努力をしてこなかった疑いがある。AI報告に対して、ウクライナのオレクシー・レズニコフ国防相は、ロシアのいわれのない侵略とウクライナの自衛を同列に扱う試みは、「適切さを失った証拠であり、彼らの信頼性を損なう方法である」とのべたと、ウクライナのメディア(https://lb.ua/society/2022/08/04/525301_reznikov_pro_zvit_amnesty.html)は伝えている。ゼレンスキー大統領も、AIについて、「テロリスト国家に恩赦を与え、侵略者から被害者に責任を転嫁しようとしている」と批判した。だが、本当にウクライナ国民の側に立っているのなら、ゼレンスキーはウクライナ軍参謀総長を呼びつけて、ウクライナ軍の戦い方そのものを批判すべきなのである。」

 

審査委員会の設置

AIは、この報告書が大きな批判を浴びたことから、AI理事会は報告書の内容が正当なものであったかどうかについて、国際人道法の専門家5人に検証を依頼した。その審査委員会の2023年2月2日付の最終版(https://int.nyt.com/data/documenttools/revised-final-report-of-legal-review-panel-amnesty-international-ukraine-press-release-02-02-2023/35ae76eaaa90405e/full.pdf)がまとまった。それをNYTが報道したのだ。

この最終版に書かれている主要な内容は以下のようなものである。

①人権団体が、侵略の被害者である国家による国際人道法の違反を批判することは、そのような違反の十分な証拠がある限り、全く適切である。

②調査されたさまざまな場所で、ウクライナ軍が病院や廃校を含むこれらの地域に残っている民間人の近くにある民間物に身を置いたという主要な事実認定は、提出された証拠によって合理的に立証されている。

③ウクライナ軍が配置された建物に近接する地域の民間人を避難させるための具体的な取り組みをウクライナが行わなかったという調査結果を、AIが合理的に立証できたと判断する。

④AIが、この状況下で避難が実行可能であり、したがってウクライナが国際人道法に基づく義務に違反したと断定的に結論づけるには十分な情報が不足していたと考える。このような認定は、ウクライナ軍が国際人道法に違反する可能性がある、あるいは違反した可能性があるなど、より条件付きの言葉で行うべきだった。

 

NYTの歪んだ報道

ところが、NYTの書き方はAIを厳しく批判する姿勢をとっているように感じられる。記事の最後の部分にはつぎのように記されている。

 

「しかし、それにもかかわらず、審査委員会は、アムネスティ・インターナショナルがいくつかの点で声明を失敗させ、ウクライナが国際法に違反しているという主要な結論は、利用可能な証拠によって「十分に立証されていない」と全会一致で結論づけた。」

 

間違いを書いているわけではないが、審査委員会は、ウクライナ軍が民間人を盾に使っていたという事実関係は認めている。その行為が「国際人道法に基づく義務に違反したと断定的に結論づけるには十分な情報が不足していた」としているだけだ。

 

スパイの存在

拙著『ウクライナ戦争をどうみるか』では、ウクライナ軍の所在をロシア側に伝えるスパイの存在について書いておいた。本当は、ここまで調査したうえで、いかにウクライナ軍が民間人を軽視していたかを立証する必要がある。

最初のAI報告にも、審査委員会の最終版にも、この点については何も書かれていない。

 

いずれにしても、ロシア軍だけが「悪」であるかのようなイメージを植えつけるために、ウクライナ戦争の初期段階でとったウクライナ側の「悪だくみ」はある意味で成功だった。しかし、そんなディスインフォメーションには騙されてはならないのである。

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塩原 俊彦

(21世紀龍馬会代表)

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