「働くということ」:「アポカリプス」後の世界に向けて
「働くということ」:「アポカリプス」後の世界に向けて
そのうち、「「アポカリプス」後の世界を読み解く:「テクノロジーが権力に」」という論稿を「論座」にアップロードする計画だ。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行(パンデミック)よって、これまでの世界はそれ以前と比べて大きく異なった世界になるだろう。それは、いままでの常識では考えられなかったような大きな変化を世界中にもたらすことになるだろう(なお、4月末にかけて、「AI倫理」にかかわる考察4篇が「論座」に掲載される。これらはこの1年ほどの間に真摯に取り組んできた問題であり、いわば学術的業績とも言えなくもないものである。ゆえに、多くの人にぜひ読んでもらいたい)。
『君たちはどう働くか』
「アポカリプス」後の変化に臨機応変に対応し、新しい世界にどう対応すべきかを考えるために、ここではそのヒントとして、拙稿『君たちはどう働くか』の「第2章 働くということ」の第三節を紹介したいと思う。この原稿は1~2年前に書いたものであり、アポカリプスを想定したものではないが、今後の生き方のヒントになる内容を含んでいるように思われる。だからこそ、ぜひ読んでほしいのだ。なお、下記の拙稿は縦書き用に書いたものを横組みに直したものをそのまま掲載している。
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3. 会社の解体=市場の内部化
たぶん、百年もつづくような古い会社は三十年以内にその多くが消滅するのではないかとぼくは思っている。会社の意思伝達が上意下達のピラミッドを前提としてきたケースでは、年寄で頭が固い人物が幹部となり、なにごとについても、昔の慣習や前例を判断基準とする意思決定をして、偉そうに命令するという姿が目立つのではないか。まさに、「成果主義 成果挙げない人が説き」といった状況がそこかしこに見られる。しかし、そんな時代錯誤の会社はいまの激動する世界的な競争社会を生き残ることは一〇〇%できない。
中国のオートバイ産業
オートバイ産業では、長く日本の四社(Honda、Kawasaki、Suzuki、Yamaha)が世界中のオートバイ市場に君臨してきた。しかし、中国では重慶市周辺の複数の企業(嘉陵、力帆、宗申など)が協力し合って、この日本のオートバイ寡占に挑戦し、成果をあげている。その内容をみると、もはや日本の会社のイメージとは異なっている。
日本のオートバイ産業では、一社のなかで製品ごとに部品設計を最適化しつつ基本設計を完結させて大量生産に結びつけるという、「クローズド・インテグラル(擦り合わせ)アーキテクチャ」を中心とする設計思想が主流だった。あくまで組立メーカー主導で製品設計も製造も行われるのが基本である。これに対して、中国では、もっとも人気の高いオートバイモデルを四つの基本的な「モジュール」(各数百の部品からなる)に分け、それらを複数の組立メーカーがそれらの「局所的に擦り合わせ済み」の部品群を汎用品のように購買して組み立てるのだ。「擬似的オープン・モジュール」と呼ばれる生産方式が採用されているのである。これにより、部品メーカーは独占的な部品供給を行うのではなく、複数の組立メーカーへの供給を行うことで大量生産によるコストダウンがはかれる。組立メーカーも汎用品に近い部品を利用してより低い生産コストを実現できるのだ。
「モジュール化」によって、製品ないしシステムをいくつかの部分に分けて、その部品のインターフェイスを標準化させて互換可能にすることで、汎用性を高めて大量生産によるコストダウンにつなげることができるのだ。製品・システムの全体の最適化を実現するための事前の「調整」(coordination)しておけば、モジュールごとの関係に影響されることなく分離・独立した生産が可能になる。その意味で、モジュール化は分権化モデルないし分散型モデルと呼べると思う。
中国では、オートバイだけでなく、自動車産業でもこの方式が採用され、急速なキャッチアップがはかれている。モジュール化は中国だけでなく、ドイツの自動車メーカーなどによって採用され、積極的に導入されてきた。これに対して、「クローズド・インテグラル」方式をとる日本メーカーの対応は遅れてしまったのである。
台湾の躍進
台湾はIT産業のメッカとなっている。その背後には、IT部品のモジュール化とコモディティ化(汎用量産品)とがある。モジュール化したことで、部品の汎用性の高い量産化が可能となったのだ。もともと台湾のIT産業は一九九〇年代以降、独特の生産システムである「他者ブランドの委託生産」(Original Equipment Manufacturing, OEM)、「他者ブランドの設計から製造までの委託生産」(Original Design Manufacturing, ODM)を特徴としていた。この経験をいかしつつ、多くの部品を各要素にまとめてモジュール化しやすいというIT産業の特性をうまく利用して、コモディティ化をはかることに成功したのである。半導体装置産業のモジュール化も、製造過程の画一化を促し、DRAMなどのメモリー半導体チップがコモディティになっていった。
こうした変化はモジュールごとの競争を促す。モジュールはシステムないしプロセスの全体を各モジュールに分けて連結させることを前提に独立に設計されうる半自律的なサブシステムなわけなので、この全体を調整する機能(連結ルールを定める意思決定)を果たす司令塔さえしっかりしていれば、サブシステムは同じ会社内に存在する必要はない。モジュールを高品質・廉価で供給できる供給者を、市場競争を通じた入札によって外部から選定するほうが賢明ということになる。これは、商品の開発・設計部分は主導的会社が担い、その商品の生産や販売は別の会社に委託するという会社そのものの分離・分散化を意味している。
ロシアの逆襲
ロシアは自前で半導体生産をしているのだろうか。答えは「YES」だが、まったく心もとないものにすぎない。ソ連時代の一九七〇年代、精密メカニズム・計算技術研究所で開発されたのがロシアの半導体ブランド、「エルブルス」(Elbrus)だ。Elbrus-4Cはモスクワ工科大学の一部に基づいて設立されたMCSTおよびINEUMによって生産されてきた。二〇一五年からは、MCSTによってElbus-8Cの生産もはじまった。MCSTは統一工業コーポレーション(OPK)傘下のブルク記念エレクトロニクス機械制御研究所と共同でPCを組み立てている。ロシアで開発され台湾企業のTSMCによって生産されてきた半導体Baikal-T1(二八ナノメートル)もロシア企業のバイカル・エレクトロニクス(企業家フセヴォロド・オパナセンコ支配のTプラトフォールムィの子会社)が国内生産をすでに開始した。
といっても、ロシアの半導体産業やコンピューター産業はせいぜい委託組立生産をする程度で、まったく遅れた状態にあった。しかし、ロシアでは楽観論が広がっている。前述のBaikal-T1はロシアで設計され、台湾のTSMCが生産してきたわけだが、これと同じように、ロシア企業による半導体の設計やソフト開発といった知的所有権を得られる分野を発展させれば、十分に世界と競争できるとみているからである。
二〇一八年八月三日、米Appleの時価総額は一兆ドルを超えた。Appleの二〇一七年の売上高は二二九二億ドルで、純利益は四八三億ドルだが、ハードウェアを自社生産しているわけではない。台湾に本社を置くフォックスコン・テクノロジー・グループ(Foxconn Technology Group, 鴻海科技集団/富士康科技集団)が中国で委託生産をしているのだ。ロシアは同じように、知的所有権部分に特化して研究開発を進めることで、世界をリードしようともくろんでいるのだ。
ロシアには、十分な勝算がある。コンピューターサイエンスを学ぶ若者が多いからだ。全米で統一実施される「AP試験」でコンピューターサイエンスを選択した高校生は二〇〇五年から二〇一四年の十年間で合計二七万人だったが、ロシアで実施されている全国試験で「インフォマティクス」(Informatics)と呼ばれるコンピューターサイエンスの科目を選択したのは二〇一四年だけで六万人だった。ロシアの人口は米国の半分以下だから、コンピューターサイエンスを学んだ学生がロシアには大勢いることがわかりる。
ロシアにける数学の訓練、AI関連知識などを知るために、ロシアにAIラボラトリーを開設する外国企業も多い。二〇一二年にドイツのSAPはロシア研究センターを設立したほか、韓国のSamsungは二〇一八年五月にAIセンターを開設した。米国のPicsArtもモスクワにAIラボを設置することが二〇一八年十月に明らかになった。
それだけではない。ロシア政府はこうした若者を取り込んで、ハッキングなどのサイバー犯罪に利用してきた歴史がある。ITに詳しいハッカーなどの若者をさまざまなサイバー犯罪に巻き込んで、ビジネス化するに至っている。さらに、そうしたビジネスを連邦保安局(FSB)という、ソ連時代の国家保安委員会(KGB)の後継機関がそうしたビジネスを保護し利権としている。そのもっとも有名な例がサンクトペテルブルクにつくられたロシア・ビジネス・ネットワーク(RBN)という会社だ。一説には、RBNは一九九八年に有力ハッカーグループによって創設された後、サンクトペテルブルクの最大マフィア、タンボフ・マフィアと手を組んだ。その延長線上で、政治家らとも結託した。RBNは公式にはサービス・プロバイダーとしてウェブホスティングや高速データ通信関連の業務を提供しているだが、裏では、世界中のスパム業者、ネット詐欺グループ、チャイルド・ポルノ業者にさまざまなサービスを提供しているのだ。RBNは一時、世界中のすべてのサイバー犯罪のほぼ六〇%とリンクしていたという話まである。そして、いまのRBNを支えているのはFSBであるとみられている。
こうした「実績」をまともなビジネスに活用できれば、ロシアは世界のIT産業を「頭脳」面からリードできるかもしれない。そう、ロシア政府は真剣に考えるようになっている。
いずれにしても、ものの生産にこだわる時代は終わりつつあるようにみえる。少なくとも、会社が製品開発から製造や販売まで一貫して行う「クローズド・インテグラル」方式は時代遅れだ。こんな方式にこだわる会社は消え去るのみだろう。
余談としての中国のスマートフォン決済
ロシアの逆襲の成否はまだ判然としない。他方で、中国では遅れていたクレジットカード決済を逆手にとって、スマートフォン決済が急増したことを紹介しておきたい。そもそもクレジットカード決済が広がっていれば、現金決済をしなくてもすむのだが、中国の場合、オンライン取引業者のAlibaba(アリババ)がAlipay(アリペイ)を使って電子決済するかたちでキャッシュレス化が進んだ。これに、無償でメッセージ交換ができるWeChatが各利用者の銀行口座にアクセスできるようになったことで、スマートフォンを使ったWeChat経由での電子決済(WeChat Pay)が広まったのである。
その結果、スマートフォン決済が中国のキャッシュレス化を急速に促した。それだけでなく、スマートフォン決済が各人のキャッシュフローのデータを蓄積した、WeChatを運営するテンセント(Tencent)やアリババはこのデータから利用者に少額融資をすることができるようになる。貸倒率の低い顧客に的確な融資を供与することが可能となったわけである。こうして、クレジットカードの普及が遅れていた中国では、かえってその遅れを補うにあまりあるほどの便益が多数のスマートフォン決済利用者に享受されているのだ。
会社の解体
興味深いのは、中央集権化か分権化・分散化かの選択を迫られているという問題である。二〇一五年の段階で、イオンはそれまでの中央集権的な共同仕入れを廃止し、地方ごとの特性をいかした分権化・分散化した調達に変更する決定をくだした。その結果、年間七〇〇〇億円ほどの売り上げ規模であった「イオン商品調達」が解体されることになった。イオンは二〇一五年一月の段階で、純粋持ち株会社であるイオン自体に集中させてきた商品企画などの機能・権限を傘下の事業会社に大幅に移転させることも発表していた。つまり、これまでの中央集権的な会社運営を前述した仕入れの分散化と合わせて、分権化することを明確にしたわけである。
ただし、イオン傘下の事業会社において人事管理を含めた分権的経営に移行したのかははっきりしない。日本の場合、事業部制という分権的な制度を組み込みながらも、採用や昇格などの人事については中央集権を維持する会社も多い。しかし、おそらくこうした会社は今後三十年間に淘汰されるだろう。なぜならこうした中央集権的で年功序列的な企業統治は時代の変化に鋭敏でない上司による誤った経営判断をもたらす可能性が高いからである。もしあなたが若い会社員である場合、あなたの上司は企業内の人事、資材調達、在庫管理、マーケティングなどの部門ごとに、ビッグデータを活用した市場機能を導入するという新しいトレンドがあることを知っているだろうか。あるいは、Web2.0からWeb3.0への移行について説明できる上司がいるだろうか。
若者であれば、だれしもが関心をもっていることにまったく無知な上司が会社を運営するようでは時代の荒波についてゆけない。それほど、変化が激しい時代を迎えていることさえ気づいていない上司が多すぎるのではないか。その結果、人事そのものをつねに社内外からの公募とリンクして幅広く行ったり、資材調達や在庫管理などにしても、アウトソーシング(外部委託)を含めた外部との連携を模索したりするという新しい経営のあり方にさえまったく無関心ということになる。これまで通り、上意下達制のもとで上の言うことに唯々諾々と従うだけでは、時代の変化に一〇〇%取り残されるだろう。そして、経営破綻の憂き目に遭うのだ。その打撃は若者ほど痛く厳しいものになる。
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アポカリプスこそ今後のステップ
はっきり言って、日本は遅れている。残念ながら、急速に変化する世界の潮流の変化にうまく対応できていない。安部晋三首相に代表される世襲政治家支配のもとで、「封建時代」のような「過度の同調性」を求められる息苦しさが人々の創意工夫を抑制してきた。しかも、この「封建体制」は「守旧派」と呼ばれる既存の権力のもとでぬくぬくと利益を掠め取ってきた政治家や官僚、学者、マスメディア関係者らのインチキさを見抜けないできた。
多くの日本企業も同じである。おそらくアポカリプスによって、中国企業によって買収される日本企業が今後急増するだろう。韓国や台湾なども日本企業をねらっている。こうした買収を通じて、日本は「開国」を急速に迫られることになるだろう。
コンピューターサイエンスの重要性に気づけなかった日本の教育者はその不明を恥じるべきだろう。これからの時代は、「文理融合」の時代であり、文系も理系もない。別言すると、これは電子化された世界を前提とするデジタルエコノミーの時代を意味している。サイバー空間とリアル空間の融合する時代は、文理融合の時代なのだ。そのことに気づいていない日本の多くの大学は世界のなかで埋没するしかないだろう。ゆえに、若い人々は日本の教育など無視して、海外の教育をインターネットでどんどん学んでほしい。もう社会人になってしまった人にこんなことを言っても仕方ないが、それでも海外の大学院に入ったり、日本のごく少数の先進的な大学院に入ったりして、自分の人生をやり直すのもいいかもしれない。
いずれにしても、「アポカリプス」のような危機に直面すれば、目を刺された民たる国民であっても、変革が必要であることに気づくだろう。その意味では、アポカリプスという苦渋を「楽しみ」にかえて、今後の新たな秩序づくりにつなげてほしい。それが「21世紀龍馬」がめざすべきものなのではないか。
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