「サミズダート」への想い
4月2日付の「ニューヨークタイムズ」に、「言論が封じられたロシアで、彼はなおも率直に語る 2022年にモスクワがウクライナに侵攻した後、何百人ものジャーナリストが国外へ逃れたが、ノーベル平和賞受賞者のドミトリー・A・ムラトフは留まった。しかし、彼は沈黙を守らなかった」というタイトルの記事が公表されている。
残留したムラトフは、2023年9月に「外国代理人」に指定されたことで、ジャーナリストとして働くことができなくなった。国家はジャーナリズムを「教育活動」と分類しており、外国代理人はこれを遂行することが禁じられているからだという。
それでも、彼はジャーナリズムを続ける方法を見出した。彼は雑誌を自費出版しており、発行部数は(少なくとも公式には)999部以下に抑えている。これにより、「マスメディア」として活動する基準を下回っているのだ(デジタル版も配布している)。
記事によれば、「これが我々のサミズダートだ」と彼は語った。「サミズダート」とは、ソ連時代に秘密裏にタイプされ、信頼できる仲間内でのみ共有されていた、禁止された文学やニュースを指す言葉である。「印刷所ではなく、地下室で作ったものだ」という。
私の論考も「サミズダート」
実は、このサイトにアップデートしている記事も、「知られざる地政学」という連載も、あるいは、1週間に一度のペースで「現代ビジネス」に公開している記事も、私は「サミズダート」であると考えている。
どういうことか。その昔、ソ連時代、多くの国民は、テレビで流される情報や、「プラウダ」や「イズベスチヤ」に載る記事が「大嘘」であることに気づいていた。ゆえに、そんな情報によって操作されることはなかった(まあ、厳しい規制があったので、操作されているふりをする必要はあったが)。
ところが、ソ連崩壊後、「言論の自由」なるものが認められるようになった結果、ロシア人もテレビや新聞の情報を信頼するようになる。
だが、ウラジーミル・プーチン大統領の登場で、まず、テレビ局への規制が強化され、徐々に露骨な情報操作が頻繁に繰り返されるようになる。新聞も同じだ。
その結果、一度、取り返したかにみえたマスメディアへの信頼はどうなったか。現地にいないので、よくわからないが、少なくとも、2010年前後までは、マスメディアの情報への信頼は維持されていたのではないか。
もちろん、いまでは、その信頼は大きく低下しているだろう。
恐れるべき日本
私が心配しているのは、日本である。いまだに、新聞やテレビがまともな情報を提供していると信頼している人が多いのではないか。その結果、大多数の人々が騙されている。そして、騙された国民は、自ら騙す側にも回っている。
このマルメディアの「大嘘」の伝播を止めなければ、日本が再び戦争に巻き込まれるのは確実ではないか。
唯一の救いは、テレビをみる人が減っていることだろうか。アホ、マヌケ、バカな低俗番組をみるくらいなら、テレビゲームをしていたほうがいいかもしれない。
いずれにしても、こうした状況にある以上、私の考察も「馬糞に塗れて」まったく顧みられることはない。そうであるならば、こうした考察を「サミズダート」とみなして、「意識高い系」の人々に伝播するように努力する必要があるのではないか。
そんなことをこの記事をきっかけに思うようになった。



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