年寄りは三宅香帆著『考察する若者たち』を読んだほうがいい
「知られざる地政学」(連載124)「AIをめぐる諸問題」という原稿を書くために、年末に三宅香帆著『考察する若者たち』を読んだ。なかなかの好著であった。とくに、年寄りは読んだほうがいいかもしれない。
長く生きると、たしかに「時代遅れ」という感慨を覚える機会が増える。その内実を知るには絶好の本と言えるだろう。
いつもの通り、ライマーカー部分をメモしておこう。
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7頁
「ただ面白いとかただおかしいとか、感動を与えるだけでなく、そこにプラスアルファの「意味ある時間」に変える工夫ができると、流行する。」
36頁
「私は現代を「考察の時代」だと考えている。「……なんか大きな話をしだした」と思ったでしょう。まあ聞いてくださいよ。ここまで見たとおり、考察とは「作者が作品に仕掛けたものとして謎を解こうとする行為」。
物語を読む・観ることが、ただ味わうだけではない、正解を解くゲームになりつつある。それこそが「考察」が変化させた姿勢だ。」
43頁
考察には「正解」がある
批評には「正解」がない
132頁
「本書ですっと扱ってきた「報われたい」という感情は、行為そのものの楽しさや面白さといった感情の揺れ動きだけではなく、行為の見返りや正解がもっとほしい、と求めることである。仕事や趣味自体の楽しさの実感だけではなく、仕事や趣味をやった意味があって初めて、充実した時間だったと感じることができる。」
135頁
「プラットフォームとは、GoogleやYouTubeやTikTokのような情報を出す場を運営する企業側のことだ。それらは、「おすすめ」という名で、個人個人に合わせた情報を表示する。
つまり、「この人に観られそう、読まれそう」なものを上位に出すようになるのだ。(YouTubeがなぜこんなに私が猫好きだと知っているのか……と思ったこと、あなたにもあるでしょう! あれです)。これをレコメンド・アルゴリズム(以下アルゴリズム)という。」
139頁
「アルゴリズムとは、ユーザー――発信者も受信者も含め――の個別性を失わせやすい場である。
クリックされやすいものとは「いまの多くのユーザーの報われたさに最適化していったもの」である。
つまり、よりたくさんの人に観られ確実に読まれる、そういうものが大きく取り上げられるようになる。最大公約数的に最適化したものを皆めざすようになる。」
141頁
「自分が好きか嫌いかもわからないまま、短期間の報酬刺激を与えられ続けていると、自分だけの感情がわからなくなっていく。それは、自らの個別性が喪われていくことにほかならないのではないか。」
187頁
「じつはインターネットが固有名詞を解体してきたということはすでに指摘されている。」
200頁
「なぜなら自分らしすぎると、それぞれの世界に最適化できないからだ。
つまり現代において、自分らしさとは、生きづらさになっている。なぜなら「界隈」化がどんどん進んでいく時代にあって、こういうふうに生きるのがこの界隈では正解だ、といううっすらとした最適解が共有される時代になった。すると最適解から外れた自分らしさは、正解をもてない生きづらい時分に変わってしまう。最適解から外れるとすなわちそれは生きづらさになってしまう世界に、私たちは生きている。
世界で一つだけの花であることは、花の育て方が一つしかないということだ。それはわりと大変なのだ。面倒なのである。」



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