報道のあり方をめぐって

報道のあり方をめぐって

2018年11月29日付の日本経済新聞を読んでみて、またおかしな報道に出会った。今回のロシアによるウクライナ艦船の拿捕事件をめぐって、一方的にウラジーミル・プーチン大統領が仕組んだかのような記事のことである。小川知世なる者が書いたものだ。「年金問題などで政権支持率が低下するなかで外敵との対決姿勢をアピールし、求心力を回復する思惑が透ける」と書いているが、こんな暴論を書く根拠がまったく理解できない。

すでにこの欄で何度も指摘したことだが、相対立する双方の言い分をよく検討したうえで、できるだけ中立性を守りつつ記事を書くのがジャーナリストの基本である。しかるに、残念ながらこの小川なる人物はこの基本がまったくできていない。要するに低能なのだ。

プーチンを批判的にみることは必要だ。だからといって、いつでもいかなる場合でも、プーチンが悪いわけでは決してない。ウクライナ危機の背後には、米国の「民主主義の輸出」があり、ヴィクトリア・ヌーランドこそウクライナ危機の原因をつくったことは拙著『ウクライナ・ゲート』や『ウクライナ2.0』のなかで的確に指摘してきたとおりだ。プーチンがクリミア併合をねらってヴィクトル・ヤヌコヴィッチを追い落としたわけでもない。問題は、ヌーランドがナショナリズムを煽って、クーデターを起こすべく裏で糸を引いていた事実にある。

にもかかわらず、プーチンを悪者に仕立てて「したり顔」をしているのであれば、そういう人物こそ「大バカ者」なのである。事実を顧みずに歪めているだけの「嘘つき」にすぎない。

今回の拿捕事件にしても、プーチンが煽動したとみるのは浅薄の極みだろう。なぜならG20の直前にこんな事件を主導するほど、プーチンはバカではないからだ。プーチンの支持率が下がっているのは事実だが、だからといってロシアにおいては大きな選挙が迫っているわけではない。しかも、「ディスオネスト安倍」(Dishonest Abe)よりもずっと高い支持率を維持しているのだから、プーチンがナショナリズムを煽ってなにかを企む理由など、少なくともいまは限りなく少ない。

むしろ、2019年3月31日の大統領選を控えているのは、ピョートル・ポロシェンコ大統領のほうである。しかも、彼は低支持率にあえいでいる。だからこそ、今回の拿捕事件を引き起こし、戒厳令(戦時状態)を一部地域に11月28日から30日間導入することにしたのだろう。まさに、ナショナリズムを煽り、自らの人気を挽回しようとした可能性が捨てきれない。

しかも、11月28日、プーチンは拿捕されたウクライナ側のウクライナ政府の諜報機関員が紛れ込んでいたことを明らかにした。これが事実であれば、ポロシェンコによる陰謀説のほうがずっと現実的に思えてくる。

明らかにウクライン贔屓の姿勢をとりつづけているThe Economist(Dec. 1st, 2018)でさえ、クレムリン側が「オデッサからケルチ海峡経由で小型軍艦を航海させるのはポロシェンコによって企画された「挑発」である」との見方を紹介したうえで、そうした見方が「真実の部分を含んでいる」と指摘している。ポロシェンコは最初、60日間の戒厳令を求めたのに対して、議会は30日しか認めなかったところに大統領選を延期したがっているポロシェンコのねらいが透けてみえるのだ。

もちろん、この見方が正しいかどうかはわからない。そうであるならば、二つの説を紹介し、読者に判断を任せるというのがジャーナリズムの正しいあり方なのではないか。私はそう思う。

その意味で、小川なる特派員はまったくダメだ。そして、この記事を掲載したデスクも悪い。アホそものだ。日本経済新聞の程度の低さには唖然とする。もっと冷静に現実を見つめる目をもたなければ優れたジャーナリストには決してなれないだろう。

こんなバカがマスメディアの記事を垂れ流しているからこそ、ますます日本語で読む者もまたバカに近づいてしまうのではないか。本当に心配している。

 

スノーデンの偉大さ

私自身、日本経済新聞と朝日新聞で記者をしていた経験がある。はっきり言って、相当にアホがたくさんいたが、現状よりはまともだった気がする。少なくとも米国が「善」で、ソ連やロシアが常に「悪」と考えていた人はいまよりもずっと少なかったと思う。

エドワード・スノーデンは米国政府の実態を明らかにしてくれた内部告発者(ホイッスル・ブローアー)であり、英雄だ(もちろん、「悪」の部分もあるが、無頼はいつでも二面性をもつ)。

スノーデンのやった「善行」の第一は、米国家安全保障局(NSA)がハッキング行為を行ってきたことを暴露したことである。いわゆる「パケット・インジェクション」という特殊なパケットをアクセスポイントに注入してそこで情報を収集するのだ。NSAはQUANTUM(クウォンタム、量子)というパケット・インジェクションを使ってハッキング行為をしていた。つまり、NSAは決して防御だけの仕事に専念してきたわけではなく、攻撃のための技術開発にも手を染めていたことになる。しかも、その技術はいまでは販売対象になっており、サイバー攻撃用の手段を販売しているHacking Teamのような組織はこうしたパケット・インジェクションを販売している。

NSA主導のハッキング行為はほかにも暴露された。SIGINT Enabling Projectというものだ。ターゲットの使用する、暗号システム、ITシステム、ネットワーク、末端コミュニケーション装置にバックドアのような脆弱性をもたせるように仕組む戦術である。その実績や効果についてはかっきりしないが、NSAは明らかに積極なサイバー攻撃を自ら仕掛けていたことになる。したがって、米国政府は華為技術(Huawei)がバックドアを仕込んだIT製品を輸出していると頻繁に非難してきたが、NSAが主導してそれと同じことを行っている可能性がきわめて高い。米国政府は商業上のスパイ行為に従事していないと主張しているが、これは嘘である。米国政府は経済的スパイ行為にかかわっており、外国企業のネットワークをハッキングして貿易交渉に役立てるのである。

スノーデンがNSAによるハッキングを暴露したことで、実は米国のNSAばかりか、多くの政府の諜報機関がNSAと同じようなことをしていることが判明した。たとえば英国政府は米国のNSAと同じような機関として政府通信本部(Government Communications Headquarters, GCHQ)をもっている。国内はもちろん、海外でも広範囲にわたるスパイ活動をしている。その証拠に、GCHQは世界中での通信コミュニケーションを集めるためのアクセスを提供してくれているBT(旧British Telecommunications)やVodafoneに対して支払いをしている。

これが世界の常識であり、「盗聴行為」を「通信傍受」と言い換えて、バカな人々を騙しているにすぎない。

スノーデンの第二の善行は、サイバー空間上の監視をめぐる官民連携(public-private partnership)に楔を打ったことである。NSAは、FBIとCIAによって本人確認された、海外に住む300から400人の爆弾製造者や武器の専門家、殺人請負人のような人物のリストによってターゲートを決め、これらの容疑者が米国に電話すると、NSAはその国内の電話番号の記録をチェックし、FBI向けに外国容疑者が米国にもつ契約リストを集めようとしていた。この仕事を迅速に処理するために、NSAは電話会社からすべての利用者の記録を入手し、それを蓄積していたのである。スノーデン関連の暴露記事として、2013年6月、英ガーディアンは、NSAが米通信業者Verizonすべての顧客の電話記録を収集しているとの記事を掲載する。

スノーデンの暴露はサイバー空間上の官民連携に楔を打ち込んだだけでなく、NSAがサイバー攻撃やハッキングを行うために米国の民間企業が大いにかかわっていることや、その結果、それらの民間企業がNSAなどからの天下りを受け入れている事実を白日の下にさらけ出してくれた。これが彼の第三の善行だ。

スノーデンはりっぱなホイッスル・ブローアーだ。だが、彼のように国家機密を漏らした者は内部通報者保護の対象となっていない。したがって、彼は米国に帰国すると、ホイッスル・ブローアーとして裁判を受けることができない。英雄、スノーデンをここまで迫害したのはバラク・オバマ大統領であった。オバマと言えば、「善」と思っているとすれば、それは大間違いなのである。

最後に、NSAが中国、ロシア、北朝鮮と同じように世界中のコンピューター・ネットワークにハッキング行為をしてきた事実がスノーデンによって暴露されて以降、米国政府が自らの行為を記述するための言葉を和らげたという指摘がある。具体的には、中国の行為を「サイバー攻撃」とか、「サイバー戦争」といった言葉で表現してきたのに、「諜報活動」とか、「諜報収集」とか「スパイ活動」というモデレートな言葉に改めたのだ。これが「せこい米国政府」の実態であることを忘れてはならない。

 

それにしても、どうして小川のようなバカがモスクワ特派員などしているのだろう。人事評価をしっかりできる上司もいない。バカを自覚しないから勉強もしない。私のように厳しく糾弾する者もいない。これでは、日本の将来は暗くなるばかりだ。

「21世紀龍馬」をめざして、よく学ぶ姿勢を貫くことを若い人々に心から求めたい。

 

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塩原 俊彦

(21世紀龍馬会代表)

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