統計法違反という十字架

統計法違反という十字架

 

統計が権力闘争の場であることは「常識」だ。公務員の教育をどうしているのかはまったく知らないが、公務員たるもの、統計がいかに国家権力によって利用されたり、誤魔化されたりしてきたかについては知っていて当然なのである。

統計法を「うっかり」守らないことなどありえないし、そんな言い訳は100%通用しない。この点ははっきりさせなければならない。

ゆえに、統計法違反は最初から確信犯によって行われた。厚生労働省による組織犯罪である。そうでないというのなら、その理由を示せと言いたい。確信犯による組織犯罪だからこそ、統計という最重要な国家の権力手段を改竄できたのである。百歩譲って、うっかりミスであったというのであれば、そのミスにかかわった全員を解雇すべきだろう。公務員に値しない能力しかない者に公務員としての仕事をさせてはならぬ。すでに退職しているのであれば、損害賠償請求訴訟を起こせばいい。

なぜこんな厳しい言説を吐きたくなるかと言えば、ロシアの研究をしていて、統計の権力利用が危惧されるからである。

 

GDPも改竄か

実は、2019年1月25日、ロシアでは大変に不可思議なことが起きた。連邦国家統計局が発表した2018年の国内総生産(GDP)の伸び率と同局を所管する経済発展省の公表した伸び率が異なっていたのである。前者は1.6%増(2017年は1.8%増)、後者は2.0%増(同1.6%増)と正式文書で明らかにしたのだ。

2017年4月、プーチンは大統領令で同局を政府直轄から経済発展省の所管への移行することを決めたのだが、それにもかかわらず統計をめぐって、同じ政府内に対立がみられるという異常事態に至っている。

高いGDP成長率をはじき出した経済発展省は少しでも高い経済成長率を示すことで、ロシア経済の回復ぶりをアピールし、プーチンを喜ばせようとしているのだろうか。これでは、Dishonest Abeたる安倍晋三を喜ばせるために基幹統計違反を繰り返した厚生労働省の幹部と同じではないか。

実は、日本のGDP統計もインチキがあるとの噂が根深い。内閣府による法律違反が疑われている。Dishonest Abeのもとで、Dishonest Putinと同じことが起きてもまったく不思議はない。

ところが、ロシアも日本も検察当局が完全にDishonest AbeとDishonest Putinの手の内にある。ゆえに、森友・加計問題と同じく、法律違反であっても検察が徹底究明する可能性はかぎりなくゼロに近い。

このサイトで何度も指摘してきたように、Dishonest Abeはその本領を発揮して、公務員が法律を守っていないにもかかわらず、「法の支配」(rule of law)の重要性を主張してきた。この主張をいまでも変えないというのなら、どのように公務員に法律を守らせるかを明確に示すべきだろう。つまり、公務員の仕事のあり方や公務員向け内部通報制度の整備といった抜本改革を行わなければならない。

 

公文書をめぐる重要問題

日本のマスメディアは不勉強だから、公文書をめぐる問題でも、この改竄をさせないための体制整備について十分な情報を提供していない。いま最大の問題はクラウドサービスの利用と公文書保管の問題であると、わたしは考えている。

電子情報の保管問題については改めて紹介したいと思うが、世界中で議論されているデータ保管について、日本のメスメディアは知らなすぎる。

一つだけ紹介しておくと、米国防総省は2019年4月にも、「ジェダイ」(Joint Enterprise Defense Infrastructure, JEDI)と呼ばれる、国防総省のクラウド構築のための100億ドル規模の入札結果を公表する。もっと有力とされているのは、2014年に10年間、6億ドルのクラウドサービス契約をCIAと結んだアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)だ。

日本の公文書管理のあり方について、米国を模倣する必要はないが、少なくとも将来的に電子情報管理の具体的方法が問題化するだろう。その際、クラウドサービスの利用をどうするかについて、2011年4月に施行された「公文書管理法」を迅速に修正し、拡充しなければならないだろう。

すでに自治体に対して、富士電機、富士通、リコーなどさまざまな企業が売り込みをかけている。こうした実態について、メスメディアはもっと関心をもつべきだ。

 

『官僚はなぜ「腐敗」するのか』

2018年10月に上梓した拙著『官僚はなぜ「腐敗」するのか』はいま思えば、実にタイムリーな刊行であった。法律さえ守れない日本の公務員の状況について、より多くの国民が目を見開くべきなのだ。高知大学の学生10人以上に本書を読んでもらったが、異口同音に「自分の無知を知り、無関心ではいけないことに気づいた」と言っていた。目を潰された民から目を見開いた個人への変化こそ、「21世紀龍馬」に求められているのだと強調しておきたい。

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塩原 俊彦

(21世紀龍馬会代表)

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