ウクライナの大統領府長官イェルマーク解任をめぐる解説

2025年11月28日、ウォロディミル・ゼレンスキー大統領は大統領府長官のアンドリー・イェルマーク解任に関する大統領令に署名した。同日の朝、国家反腐敗局(NABU)と特別反腐敗検察(SAPOまたはSAP)が彼の自宅を捜索した後、彼は辞任を申し出たらしい。いずれにしても、ゼレンスキー政権を陰で支えてきた人物の解任はゼレンスキーの今後、さらに和平計画策定に大きな影響をおよぼすだろう。なお、イェルマークについては「現代ビジネス」において公表した、2024年9月12日付の拙稿「ゼレンスキー大統領を操る「ウクライナのラスプーチン」の正体」を読んでもらいたい。

 

「真っ黒なゼレンスキー」

すでに29日夕刻に公表される「知られざる地政学」連載(118)のなかで、「ミンディッチ事件」と呼ばれる汚職に絡んで、イェルマークが登場することを紹介しておいた(「イェルマーク自身、録音記録のなかで「アリ・ババ」というコードネームで登場していることを忘れてはならない。アンドリー・ボリーサヴィチ・イェルマークは「ABイェルマーク」と書ける。ABは「alibaba」でもあるからだ」と書いておいた)。

イェルマークはこれまで、部下や仲間を通じて、税務、税関、金融監視機関、独占禁止委員会、国有財産基金を率いてきた。7月に首相に就任したユリア・スヴィリデンコもイェルマークの子飼いである。しかも、彼女は2021年11月に第一副首相兼経済相であったとき、2023年12月に、100%の株式が国に属する株式会社「NAEK「エネルゴアトム」を設立し、その定款を承認したり、2024年1月に、ペトロ・コティンを株式会社「NAEK「エネルゴアトム」」の取締役会会長代行に任命したりする人事にもかかわり、同年6月、エネルゴアトムの監査役会の構成にも関与していた。つまり、「ミンディッチ事件」の舞台の一つであったエネルゴアトムに深くかかわっていたことになる。彼女への汚職捜査はすでに着手されており、逮捕もありうる。何しろ、イェルマークの子飼いとしてエネルゴアトムでのキックバック構造の構築にかかわった可能性が高いからだ。

他方で、連載にも書いたように、ミンディッチは当時国防相だったルステム・ウメロウないしウメロフ(2025年7月からウクライナ国家安全保障・国防会議事務局長)にも「影響力」をもっていた。そう、ウメロフも「ミンディッチ事件」に直接関与している。

こんな輩ばかりに囲まれてきたゼレンスキーが腐敗と無関係と考えることは不可能だろう。百歩譲って、まったく関係ないとしても、こんな連中を政府高官にしたり、大統領府のトップに据えたりしてきたゼレンスキーはもはや大統領失格と言わざるをえない。

 

イェルマーク解任劇の背景

NABUやSAPがイェルマークの自宅捜査に乗り出した背後には、米国の後押しがあったのかもしれない。実は、イェルマークは27日に公開された「The Atlantic」でのインタビュー記事のなかで、「(ゼレンスキーが)大統領職にある限り、平和と引き換えに領土を放棄することには同意しない」とのべたと書かれている。つまり、イェルマークは和平計画のとりまとめに際して、もっとも争点となっている問題である、ロシアが要求するウクライナの領土にレッドラインを引く意向を明確に示したことになる。

これに怒った米国政府がNABUを使ってイェルマーク排除に動いたという見方がある。それだけ、ドナルド・トランプ政権が和平に真剣である証かもしれない。ただし、NABUへの影響力はトランプ政権になってウクライナ支援の大幅カットから急速になくなっており、こんなことが可能かどうかは不明だ。

しかも、NABUやSAPを動かしてきた勢力のなかには、「戦争継続派」が多数存在する。その意味で、この「戦争継続派」による狙いは、イェルマークの排除だけではなく、ゼレンスキーの権力を弱め、統一戦線政府の樹立による戦争の継続にあるのかもしれない。

その成否は、最高議会において、与党「国民の下僕」が分裂し、過半数を維持できなくなるように追い込めるかどうかにかかっている。

うまくゆけば、「国民の下僕」の分裂によって、議会多数派が再編成され、「反ゼレンスキー連合」の支配下に入るというシナリオも考えられる。この場合、政府に対する不信任決議が可決され、ゼレンスキーに圧力がかけられ、大統領の支配下にない「国民的統一」内閣の形成を承認するよう迫られるかもしれない。これは、実質的にゼレンスキー自身の早期退陣へとつながり、国会議長が和平計画案に署名するといった事態をもたらすかもしれない。ただし、このとき、いまのルスラン・ステファンチューク議長とは異なる人物が議長になっているという話もある。

 

米国の策略

日本時間の29日朝に明らかになったもう一つの重要な情報がある。それは、「テレグラフ」が伝えた「トランプ大統領、ウクライナ占領地域をプーチンに譲渡へ 米大統領、ロシアの戦争成果を認める和平案を携え特使をモスクワに派遣」という記事に書かれている。その出だしは衝撃的だ。「米国は戦争終結に向けた合意を確保するため、クリミアおよびその他の占領されたウクライナ領土に対するロシアの支配を承認する構えだ」というのである。しかも、「米国の外交慣例に反する領土承認計画は、ウクライナの欧州同盟国間の懸念にもかかわらず、実施される見込みである」と書かれている。そして、ある情報筋の言葉として、「米国が欧州の立場をまったく気にかけていないことはますます明らかだ。米国側は、欧州は好きにすればいいと言っている」と伝えている。

これは、「現代ビジネス」の拙稿「決定版! 28項目ウクライナ和平計画に込められたヴァンス副大統領の「怒り」」において紹介した、欧州嫌いのJ・D・ヴァンス副大統領の立場と100%と一致している。

わかってほしいのは、「最善は善の敵」と考えるヴァンスの信念であり、哲学だ。終わりの見えないロシアとの戦争をつづけて、ロシアを弱体化したり、プーチン政権を崩壊させたりするという「最善」がきれいごとにすぎないのであれば、つぎのめざすべき「善」、すなわち、一刻も早く戦争を停止して和平協定を結び、犬死するウクライナ国民の数を減らすということだとみなすのである。この立場からみると、まだロシアによって占領されていない地域が残るドネツク州からのウクライナ軍の撤退を受け入れるのは当然ということになる。

 

プーチンの発言

ここで、11月27日にプーチンがキルギスでの記者会見で行った発言を注意深く読み解くことが必要になる。そのなかで、法学で学んだプーチンらしいもっとも重要な部分は、領土問題に対するつぎの発言だ。

「もちろん、最終的にはウクライナと合意に達したいが、現時点ではそれは事実上不可能であり、法的に不可能である。彼らのなかで、できる者、望む者は、交渉を進めてもらえばよい。私たちに必要なのは、私たちの決定が主要な国際的プレイヤーによって国際的に認められることだ。それだけだ。」

プーチンは自ら、「これは重要なことだ」と指摘したうえで、「なぜなら、認められた決定と、たとえば特定の地域がロシアの主権下にある場合、合意に違反した場合はロシア連邦への攻撃とみなされ、それに伴うロシアの対応措置が取られるか、あるいはウクライナ領土への法的な復帰の試みとみなされるか、という違いがあるからである。これはまったく別物なのだ」とつづけた。

つまり、クリミアとドネツク・ルハンスク両地域をロシア領土として法的承認する米国の姿勢が明確になれば、これは大きな進展になる。なぜなら、米国の両地域の承認は、他の多くの国々が同様の決断を下す道を開くものだからである。少なくとも、ロシアに友好的な国々はそうするだろう。ロシアにとって非友好的な国(EUなど)は、第二次世界大戦後に米国がバルト三国を扱ったのと同じように、併合された地域を扱うだろう(米国は、ソ連への編入を法的には認めなかったが、事実上は異議を唱えなかった)。

さらに、これは制裁にかかわっている。もし米国がロシアによる占領地の支配を公式に認めれば、クリミア併合後にアメリカが科した反ロ制裁のほとんどの根拠が実質的になくなるはずだ。制裁のすべてが直ちに解除されるとは限らないが、法的に承認されれば、米国企業は占領した領土で事業を展開し、望むのであればそこにある企業と取引することができるようになる。米国の企業がそうできるのであれば、他の国もそうできる。こうして、ロシアによるウクライナの一部の併合は、世界経済において「間接的に」合法化されることになるだろう。トランプ大統領も女婿のクシュナーも喜ぶだろう。

それだけではない。ウクライナがこれらの領土の支配権を軍事的に取り戻そうとすれば、併合を承認している米国やその他の国々は、それを 「ロシアへの侵略 」とみなすだろう。したがって、ロシアの管轄権を認めるかどうかは、非常に大きな意味と結果をもつことになる。つまり、大きな抑止力として働くのだ。

 

和平計画案

連載(118)や拙稿「決定版! 28項目ウクライナ和平計画に込められたヴァンス副大統領の「怒り」」で示した、28項目からなる最初の和平計画案は、クリミアとドンバス東部の二つの地域をアメリカが「事実上」承認するというものだった。21項目目には、「クリミア、ルハーンシク、ドネツクは、アメリカ合衆国を含む各国によって、事実上のロシア領として承認される」とあり、さらに、「ヘルソンとザポリージャは接触線に沿って凍結される。これは接触線に沿った事実上の承認を意味する」、「ウクライナ軍は現在支配しているドネツク州の一部から撤退し、この撤退区域は中立的な非武装緩衝地帯とみなされ、ロシア連邦に属する領土として国際的に承認される」とも書かれている。

その後、ジュネーブでは、ウクライナと米国の当局者が、モスクワにあまり有利でない新しい19項目の計画について交渉したとされている。だが、先の「テレグラフ」は、「しかし、複数の情報筋は、アメリカの承認の申し出が戦略の一部として残っていることを示唆している」と記している。つまり、モスクワを訪問するウィトコフ特使と、女婿クシュナーがこの問題を最終協議する可能性は十分に残されていることになる。

もちろん、2014年以降、ロシアが不法に併合した領土に対するロシアの支配を、ウクライナが承認せざるを得なくなることはないだろう。ウクライナの憲法は、全国的な国民投票で有権者に問うことなく、大統領や政府が領土を割譲することを禁じている。ただし、先にのべた国際的な承認はウクライナからの承認ではない。とりあえず、米国が承認すれば、その波及効果はきわめて大きいと考えられる。

そう考えると、ウクライナ戦争の終結に向けた前進が期待できることになる。どうだろうか。「最善」ではない「善」に賭けるヴァンスの意気込みを理解してもらえただろうか。この動きを封じようとする者は「戦争継続派」であり、結局、「悪」そのものであるように私には思える。

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塩原 俊彦

(21世紀龍馬会代表)

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