不誠実な記事を信じてはならない:ノルドストリーム爆破事件に関する「ワシントンポスト」とDer Spiegelの報道

私は、拙著『知られざる地政学』の「あとがき」において、つぎのように書いておいた。

 

「私は本書において、日本のマスメディア、政治家、官僚、学者をあえて批判した。右も左もぶっ飛ばしたといえるかもしれない。なぜそうしたかというと、少しでも誠実でありたいからだ。日本の狭量でさもしい政治家、官僚、学者、マスコミ人は批判されると、無視を決め込むか、陰で批判する。何も知らないことを知らない政治家、EU や米国の制度をマネするだけの官僚、肩書だけの蛸壺に生きる学者、はったりだけのマスコミ人。彼らに誠実さを感じることはできない。」

 

この批判は、程度の差はあるにしても、欧米についてもあてはまる。こうした「不誠実な連中」、「integrityの不足している輩」の主張は決して信じてはならない。

 

2023年11月11日の「ワシントンポスト」とDer Spiegelの報道

2023年11月11日付の「ワシントンポスト」は、「ウクライナ軍将校がノルドストリーム・パイプライン攻撃を調整:ウクライナの特殊作戦部隊の大佐であるロマン・チェルヴィンスキーは、この大胆な破壊工作に不可欠だったと、計画に詳しい関係者は語る」という記事を掲載した。同氏と共同調査を進めてきたドイツの「シュピーゲル」(Der Spiegel)も、「バルト海での妨害作戦 ウクライナの特殊部隊将校がノルドストリーム攻撃に関与した疑い: バルト海のガスパイプライン「ノルドストリーム」襲撃事件の黒幕は誰か?国際的な捜査によって、この攻撃に関与したと思われる、破天荒な人物として知られるウクライナの元秘密諜報員が初めて突き止められた」という記事を同日、公開した。

WPの出だしはこうだ。「ウクライナや欧州の政府関係者や、この秘密作戦の詳細に詳しい人物によれば、ウクライナの諜報機関と深いつながりを持つウクライナ軍幹部が、昨年のノルドストリーム天然ガスパイプラインの爆破で中心的な役割を果たしたという」。あくまで匿名の情報源が、「ウクライナの特殊作戦部隊に所属していた48歳の大佐、ロマン・チェルヴィンスキーは、ノルドストリーム作戦の「調整役」であり、身分を偽ってヨットを借り、深海潜水装置を使ってガスパイプラインに爆発物を設置した6人組の後方支援とロジスティクスを管理していた」と明らかにしたというのだ。匿名の情報源は複数いるらしく「people familiar with his role」(彼の役割に精通している人々)がこう言っていると報じている。

この人々は、「チェルヴィンスキーは単独で行動したわけではなく、作戦を計画したわけでもない」と語っているのだそうだ。チェルヴィンスキーはウクライナの高官から命令を受け、最終的にはウクライナの最高軍事責任者であるヴァレリー・ザルジニー将軍に報告したと、「この作戦がどのように実行されたかに詳しい人々は語った」と書いている。この複数の情報源は、「ウクライナとの外交関係を緊張させ、アメリカ政府高官からの反対を引き起こしている爆破についての機密事項を話すために、匿名を条件に語った」とのべている。

 

何も知らない人のために

ここまでの記述を理解してもらうために、拙著『ウクライナ戦争をどうみるか』に書いたことを紹介しておこう(198~199頁)。

 

「ピューリッツァー賞の受賞歴のあるジャーナリスト、シーモア・ハーシュは二〇二三年二月八日、「米国はいかにしてノルドストリーム・パイプラインを破壊したのか」という長文の記事を公開した。そのなかで、彼は「作戦計画を直接知っている」ある無名の情報源を引用して、米海軍の「熟練深海ダイバー」が二〇二二年六月の訓練中にC-4爆薬を仕掛け、その三カ月後に遠隔操作で爆発させた方法を詳述している。バルト海海底に敷設された天然ガス輸送用パイプライン爆破の命令を下したのはバイデン大統領であるというのだ。具体的には、バイデンの外交チーム(国家安全保障顧問ジェイク・サリバン、国務長官トニー・ブリンケン、国務次官ビクトリア・ヌーランド)がかかわっていたという。

 爆破は二〇二二年九月二六日に起きた。ノルドストリーム2で一カ所[二本あるラインの一カ所]、ノルドストリームで二カ所[二本あるラインの各一カ所]、パイプラインが爆破されたのだ。その犯人はいまだ公式に判明したわけでない。そうしたなかで、ハーシュは、この爆破がバイデンの命令によって引き起こされたと明確に糾弾したのである。

 ハーシュは、バイデンが爆破を決断した理由を、「欧州が安価な天然ガスパイプラインに依存する限り、ドイツなどの国々は、ウクライナにロシアに対抗するための資金や武器を供給するのをためらうだろうと考えたのだ」と説明している。要するに、この二つのパイプラインを利用不能にすることで、ドイツがロシア産天然ガス輸入をできなくしてドイツの対ロ依存関係を完全に解消させ、同時に、その代替として、米国のシェールガスを液化したガス(LNG)を輸入するように仕向けることで、ドイツを米国の顧客に取り込もうとしたのである。」

 

この記述を知っていれば、「アメリカ政府高官からの反対を引き起こしている爆破」という部分はまったくの「嘘」である。ジョー・バイデン大統領はノルドストリームの爆破を事前に「予告」していたのであり、ノルドストリームの爆破について、少なくとも米国大統領をはじめとする政府高官は賛成していたと断言できる(嘘だというのであれば、YouTubeをご覧あれ。とくに、女性記者の質問に答えて、“We’ll be able to do it”と話した後のバイデンの不敵な笑いに注目してほしい。2022年2月7日の時点ですでにバイデンはノルドストリーム爆破計画を進めていたのだから)。

 

WPの悪意に満ちた報道

つまり、WPは、ハーシュの報道によってノルドストリーム爆破が米国政府主導で実行されたことを知りながら、これを否定するために、あるいは、この爆破事件の真相をごまかすために、まったく出鱈目な報道に終始していることになる。そこには、「不誠実」どころか、「悪意」すら存在する。

WPの記事には、「ウクライナは以前から、ノルドストリームによってロシアがウクライナのパイプラインを迂回することになり、キエフから莫大なトランジット収入を奪うことになると訴えていた」とある。この記述は「嘘」ではないが、正確ではない。バイデン大統領自身がノルドストリーム爆破を示唆していた事実をまったく記述していないからである。

「嘘」をもっともらしくみせるには、別のところでも「嘘」をつくしかない。そこで、WPは、珍妙な説明をしている。なぜウクライナの特殊作戦部隊の大佐が上官の命令にしたがってノルドストリームを爆破しなければならなかったのかについて、「ノルドストリーム作戦は、ゼレンスキーを蚊帳の外に置くためのものだったと、作戦に詳しい関係者は語った」と書いているのだ。ゼレンスキー大統領は、「ウクライナはそのようなことはしていない。私は決してそのような行動はとらない」とのべており、この発言は真実らしい。それでは、なぜ大統領にしらせないまま、ノルドストリームを爆破したのか?

どうやら、ウクライナがノルドストリームを爆破したことがわかると、ゼレンスキー大統領が矢面に立つことになるので、ウクライナ軍のヴァレリー・ザルジニー総司令官が勝手にやったというかたちにしておきたいらしい。ゆえに、WPは、「CIAが入手した、マサチューセッツ州空軍のジャック・テイシェイラがチャットプラットフォーム「ディスコード」で共有したとされる情報報告書によれば、「計画と実行に関与した者は全員、(総司令官の)ザルジニーに直接報告していたので、ゼレンスキーは知らなかったはずだ」という」と書いている。

しかし、この報告書を含めて、ノルドストリームを爆破したのが米国政府であれば、別の犯人を仕立て上げるために、いくらでも「証拠」をでっち上げることができる。

 

ウクライナ政府にとって不都合なチェルヴィンスキー

そう考えると、なぜチェルヴィンスキーを「調整者」に仕立て上げたのかという疑問がわく。チェルヴィンスキーをノルドストリーム爆破の「調整者」に仕立て上げた理由は簡単だ。彼がウクライナの現政権に不都合な人物だからである。

チェルヴィンスキーは、2020年にロシアの民間軍事会社ワーグナー・グループの戦闘員をベラルーシに渡航させた後に陥れるという計画を失敗させたのは、ウクライナの大統領府長官のアンドリー・イェルマークと他の数人のゼレンスキー顧問だと非難している。チェルヴィンスキーは2021年の記者会見で、この囮捜査が失敗したのはゼレンスキーの側近からのリークが原因だと語った。つまり、この真偽は別として、ゼレンスキー大統領の側近にとって、チェルヴィンスキーは鬱陶しい存在なのである。

 

爆破事件の見立て

WPが不誠実なのは、爆破事件そのものにかかわる説明についても指摘できる。WPの今回の記事によると、前述したように、チェルヴィンスキーが「身分を偽ってヨットを借り、深海潜水装置を使ってガスパイプラインに爆発物を設置した6人組の後方支援とロジスティクスを管理していた」という見立てになっている。

Spiegelの記事はこの点について詳述しているので、紹介しよう。「ダイバーと爆発物の専門家で構成される6人組が、ドイツのロストックにあるヨットのアンドロメダ号をチャーターし、ほぼ3週間にわたる作戦に出たことはほぼ確実である」とまで書いている。その間に、まだ正体不明の犯人はバルト海の海底を走るパイプラインに複数の爆発物を設置し、ノルドストリーム1と2を構成する4本のパイプのうち3本を爆破したという。さらに、「ウクライナの部隊が攻撃の背後にいたことを捜査当局がほとんど疑っていないことは明らかだった」とものべている。驚くべき数の手がかりがウクライナを指し示していたというのだ。企業名、仲介者の名前、メールや電話のIPアドレス、位置情報、その他、これまで伏せられてきた数多くの明確な手がかりがあり、あるドイツの高官は、「公表されているよりもはるかに多くのことが分かっていると言う」と記されている。「DER SPIEGELの情報筋によれば、妨害工作員が攻撃の前後にウクライナにいたことは確実だという。入手可能な技術情報はそれを示している」と自信満々な書きぶりをしている。

 

WPの不誠実

ところが、2023年4月3日付のWPは、「ノルドストリーム爆破事件におけるヨットの役割について、捜査当局は懐疑的な見方をしている」という記事を掲載している。この記事では、「数カ月にわたる調査の結果、警察当局は、この大胆な攻撃に使用されたのは、50フィートのヨット「アンドロメダ号」だけではなかったのではないかと考えている」と記されていたのである。さらに、「ドイツの司法長官が主導する捜査に詳しい関係者によると、この船は、逃走中の真犯人から目をそらすために海に出されたおとりだった可能性があるとのことである」という「正しい指摘」もある。

常識的に考えれば、爆破事件の真相を隠したい米国政府が陽動作戦として、「まったく無関係なヨットを使って、不可思議な動きをさせる」という筋書きをつくったのではないか。こう考えるのが自然だろう。まさに、真犯人から目をそらすための囮作戦であった可能性が高いのである。

この4月3日付のWPには、「一隻のヨットに乗った6人の乗組員が数百ポンドの爆薬を仕掛け、ノルドストリーム1とノルドストリーム2の一部を使用不能にした」という見立てに対するドイツ側の疑いに賛同するアメリカやヨーロッパの当局者がいる話も紹介されている。さらに、「専門家は、パイプラインに手作業で爆薬を設置することは理論的には可能だが、熟練したダイバーでさえ、海底まで200フィート以上潜り、ゆっくりと浮上し、体を減圧する時間を確保するのは困難だと指摘した」という記述もある。

もっとも興味をひかれるのは、ドイツの調査では、船室内のテーブルで見つかった「軍用」爆薬の痕跡が、パイプラインで使用された爆薬のバッチと一致することが判明している点だ。WPの記事は、「熟練した妨害工作員が、このような明白な証拠を残していくとは思えないと、何人かの関係者は疑問視している。彼らは、レンタルボートが所有者に戻されてから数ヵ月後に採取された爆発物の痕跡が、テロに使われた船としてアンドロメダ号に捜査当局を誤認させるためのものだったのではないかと考えている」とまで指摘しているのだ。

WPは過去にこんな記事を掲載しておきながら、2023年11月11日の記事では、前者の記事についてはまったくふれていない。ヨットの役割について、どうして捜査当局の懐疑的な見方は払拭されてしまったのか。この点についてまったく説明しないのは、「不誠実」そのものだろう。

 

日本のマスメディア報道にも注意してほしい

今後、この問題について、日本でも多少とも報道されることになるだろう。ここで私が書いたことを肝に命じながら、どうか不誠実な報道にだまされないでほしい。不誠実な報道を決して信じてはならない。

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塩原 俊彦

(21世紀龍馬会代表)

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