自閉症について
その昔、竹内願人著『アンナチュラル』(上、下)という小説を読んだことがある。いかんせん、なぜ読んだか、その印象はどうであったかまで、正確に思い出すことはできない。たしか、どなたかが私の研究室に本を送りつけてきたのではなかったと思うのだが、はっきりしない。
いずれにしても、これを機に、私はずっと自閉症について関心を持ちつづけている。「医療の政治化」という問題を考えるとき、ドナルド・トランプ大統領と、彼の任命したロバート・ケネディ・ジュニア保健福祉長官による自閉症への取り組みも重要性を増している。そこで、この問題について、メモ書きをつくっておきたい。
自閉症をめぐる基礎知識
トランプ大統領とロバート・F・ケネディ・ジュニア保健長官は9月22日、自閉症の原因についての報告書を発表した。まず、この日の日付で公表されたNYTの記事「鎮痛剤、ワクチン、遺伝子、自閉症について知っておくべきこと」を紹介したい。基礎知識を身につけるためである。
自閉症(autism)は、正式には「自閉症スペクトラム」と呼ばれ、社会性やコミュニケーションの問題、反復行動、思考パターンなどが広範囲に混在している。自閉症と診断された子どもは、単に社会的な合図に苦労するだけかもしれないし、重症の子どもは、助けを借りなければ話すこともトイレを使うこともできないかもしれない。血液検査や脳スキャンで誰が自閉症であるかを判断することはできない。
神経発達障害のひとつである自閉症には、これまで何百もの遺伝子が関係しているとされてきた。しかし、科学者たちによれば、自閉症は遺伝的要因と環境的要因の複雑な組み合わせから生じているようだという、とNYTは書いている。
米国疾病予防管理センターは、自閉症の危険因子について大規模な調査を行っており、研究者たちは、大気汚染、有毒化学物質への暴露、妊娠中のウイルス感染など、数十の潜在的要因を調査している。高齢の両親から生まれた赤ちゃんのリスクが高いことを示唆する研究もある。また、早産や低体重児が自閉症に関係している可能性を示唆する研究もある。
鎮痛剤「タイレノール」の有効成分であるアセトアミノフェンを妊娠中に服用した可能性
科学者たちは、タイレノールやその他の鎮痛剤の有効成分であるアセトアミノフェンについて10年以上研究してきた。妊婦のアセトアミノフェン使用を調査したいくつかの研究では、子供が後に神経発達障害を発症するリスクが高いことが判明している。そのような障害の根底にある可能性のある他の要因(遺伝を含む)をコントロールしようとした他の研究では、関連性は認められなかった。
8月、ハーバード大学T.H.チャン公衆衛生大学院とマウントサイナイ大学アイカーン医学部の研究者は、妊娠中のアセトアミノフェンに関する46の先行研究のレビューを発表した。
研究者らは既存の研究のみを評価し、アセトアミノフェンの影響に関する新たなデータは提供していない。研究者らは、妊娠中にアセトアミノフェンを使用した女性と注意欠如・多動症(ADHD)および自閉症との間に関連性があると結論づけたが、これは薬が自閉症を引き起こしたことを意味するものではないと述べた。タイレノールを使用した女性とそうでない女性では、妊娠中に生じた健康問題や基礎にある遺伝的要因など、重要な点で異なる可能性がある。2024年にスウェーデンで行われた250万人の子供を対象としたある大規模な研究では、同じ母親から生まれた兄弟姉妹を比較したところ、アセトアミノフェンの使用と神経発達障害との関連は消えていた。
ワクチンとの関係性
1990年代後半、アンドリュー・ウェイクフィールドというイギリスの研究者が、はしか、おたふくかぜ、風疹のワクチンと自閉症との関連性を明らかにするため、12人の子どもを対象とした研究を発表した。この論文は、デンマークの全児童を対象とした研究を含む多くの大規模な研究によって、その後数年間で完全に否定された。ワクチンの種類、含有成分、小児期ワクチンの接種時期にかかわらず、研究者たちは自閉症との関連性を認めていない。ウェイクフィールド博士の1990年の論文は2010年に撤回され、彼は医師免許を失った。
現状
2000年には150人に1人であった自閉症の診断が、現在では31人に1人と推定されている。この増加には、過去数十年にわたる自閉症の定義と診断方法の拡大が拍車をかけている。自閉症が初めて登場したのは、1980年のアメリカ精神医学会の『精神障害の診断と統計マニュアル』第3版である。1987年の改訂版では、30ヵ月以降に症状が現れた子供も含まれるように、障害の定義が調整された。自閉症の診断基準も6項目から16項目に増やされ、従来の6項目すべてではなく、16項目のうち半分を示すことが必要とされた。
1994年に発表された「精神疾患の診断と統計のためのマニュアル」(DSM)第4版では、単一の興味やその他の特徴にとらわれる社会的障害であるアスペルガー症候群が自閉症スペクトラムに含まれることになった。これは、障害がより軽度で、知的能力が平均的か、あるいは平均以上であっても診断を受けられることを意味するため、重要な変化であった。
2013年に発表された診断マニュアルの第5版では、自閉症、アスペルガー症候群、そしてPDD-NOSと呼ばれる状態(「他に特定されない広汎性発達障害」の略)が、自閉症スペクトラム障害という単一の診断に統合された。また、臨床医が自閉症スペクトラム障害と注意欠陥多動性障害の複合診断を下すことも可能になった。
米国疾病予防管理センターが発表した自閉症診断に関するデータによると、知的障害と重度の言語障害を有すると定義される深在性自閉症の有病率は、2000年から2016年にかけてわずかに上昇したが、他の自閉症診断はより急激に上昇した。
自閉症に対する認識の高まりも、診断件数の増加に大きな役割を果たしている。1990年代から学校での特別なサービスが広く受けられるようになったことで、親が子供の診断を求める動機付けができ、また、18ヶ月と24ヶ月の乳児健診での普遍的なスクリーニングが小児科医に推奨されたことで、早期発見が確実になった。
研究者たちはまた、診断件数の増加の背景にある最近の傾向として、ソーシャルメディア上で自閉症に関する議論が増えていることを指摘している。TikTokやYouTubeの自閉症に関する動画は何十億回も視聴され、Redditのようなフォーラムでの自閉症に関する議論は、人々がコミュニティやアイデンティティを見つけるのに役立っている。
22日の発表
9月22日の発表で、トランプ大統領とロバート・ケネディ Jr. 保健長官は、「矛盾した証拠や自閉症の原因となるという証拠がないにもかかわらず、妊婦にタイレノールの使用を控えるよう呼びかけるなど、自閉症に関する主流の理解に対して大規模な攻撃を開始した」、とNYTは指摘する。
トランプは、「服用するな」とホワイトハウスで行われたブリーフィングで発言した。「アセトアミノフェンを服用しないよう、必死に戦え」というのである。
政権は自閉症の原因研究に5000万ドルを投資することを約束し、トランプとケネディの両者は、小児用ワクチンとの関連の可能性を指摘した。だが、これについて、NYTは、「数十年にわたる研究にもかかわらず関連性は確認されておらず、主流の科学者は自閉症が単一の原因に帰せられない遺伝的・環境的要因の複雑な組み合わせによる結果であると圧倒的に合意している」、と指摘している。同様に、医療団体は9月22日、タイレノールに関する大統領の警告を即座に反論し、アセトアミノフェンは妊娠中の女性の発熱に対する安全な治療法であると擁護した(ただし長期使用は推奨されない)。
過去の切り抜き
もうこれ以上は書かない。ついでに、過去に興味深いと思って切り抜いた記事について簡単に紹介しておこう。
2022年10月、The Economistの「人間の脳組織をラットに移植するとどうなるか」という記事のなかには、「ティモシー症候群は、自閉症の一種を引き起こす稀で危険な病気である。また、発作や手足の指の融合などの解剖学的異常、生命を脅かす不整脈も引き起こす。これは、カルシウムイオンチャネル遺伝子の突然変異によるものである」という記述がある。
2021年2月のThe Economistの記事「口腔と腸内の微生物生態系は、多くの病気に関連している」には、カリフォルニア工科大学のサルキス・マズマニアン博士が自閉症の人々の腸内フローラを研究し、いくつかの関連する細菌のレベルが上昇していることを確認したときに、自閉症とリンクしているようにもみえる、という記述がある。
会議でマズマニアン博士は、これらの物質の一つである4-エチルフェノール(4ep)に関する研究について話した。この物質は体内で4-エチルフェニルサルフェート(4eps)に変換される。マウスを用いた研究では、4epsは感情行動に関連する脳の領域を活性化し、ニューロン間の接続性を重要な形で低下させる可能性があることが示されている。また、彼と彼のチームは、4epsを産生する細菌を腸内に持つマウスは、人間の自閉症の症状を反映した社会的行動を示すと主張している。
この研究には賛否両論があるという。ある者はマズマニアン博士の以前の論文の統計的な頑健性を疑問視し、また別の者は、マウスの行動が複雑な人間の状態について何か役に立つことがあるのではないかという考えそのものを疑問視している。この第二の異議を克服することは、人を使った実験をすることを意味する。
2021年5月に公表されたロシア語の資料では、「自閉症や統合失調症は、まさにチンパンジーよりも人間の方が顕著な機能を壊している」といった指摘がみられる。チンパンジーの赤ちゃんがおもちゃで遊んでいる様子を、自閉症の子どもとそうでない子どもが遊んでいる映像と比較してみると、チンパンジーは自閉症の子どもと多くの点で似ていることがわかりる。サイコロを振ったり、バケツを拾って壁にぶつけたりするが、部族や世話をしてくれる人、慣れ親しんだ人たちとは一切交流しない。しかし、人間の赤ちゃんはバケツでノックして、大人に「僕がどうやってできるか見てて」と見せてくれる。だが、チンパンジーはそれをしない。重要なのは、チンパンジーに自閉症や統合失調症がないということではなく、これらの病気の際に壊れてしまう機能が人間に最も顕著にみられるということだ、という。
どうだろうか。本当に、勉強すべきことはたくさんある。



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