岡崎乾二郎著『而今而後』を読んで――その②

  1. 74

木馬遊びする子どもたちにとって、「本物」の馬という観念は存在しない。木馬はそれに跪いで乗っているから馬に間違いないのであり、乗ることができる=馬であるという認識が木馬遊びを支えている。だから、子どもたちのその棒きれが馬でないと教えるのはたやすくはない。「本物の馬」とはどういうものであるかを説明することが要求されるから。馬にはたてがみがあり、目があり、と、本物の馬の特徴を列挙していっても説明にはならない。木馬の欠陥を子どもたちはたちどころに克服するだろう。棒きれにはたてがみがつけられ、目が描かれ、子どもたちは相変わらず、棒きれが馬であることを主張しつづける。結局、大人は説明しただけ、彼自身が「本物の馬」に到達できぬ徒労感とジレンマに陥るハメになってしまうのだ。

ところが子どもたちは次の瞬間、木馬を剣にしてしまう。今度は叩くことのできるものがすなわち、剣だというわけだ。子どもたちにとって、馬や剣だとかの一般名詞は彼ら自身を離れては存在しない。乗る、叩くといった、ものとの関わり方=機能(彼らのものに対する要求)だけが子どもの世界を形づくっている。だから子どもたちにとって、乗ることができるものはみな、馬なのであり、本物やニセモノの区別はない。言い換えれば、子どもたちのほうが自分たちの馬の観念に忠実に従って、馬を認識しているのだ。つまり大人が説明に窮したのは馬の概念ではなく、「本物」という観念だったというわけだ。

ゴンブリッチは、子どもたちが自分たちの観念(機能)によって、棒きれを馬と見る――というよう

  1. 75

に、概念を描くという考えを美術の基礎に据えてみる。つまり子どもの絵や原始美術は「見ている」ものを描くのでなく、自分たちの「知っている」ものを描くのだ(こういう概念が不自由さを強制する枷のようなものでなく、ただ単に機能[ものとの関わり]に基づくことによって、同じ一つの棒きれを馬にしたり剣にしたりして、むしろ自由さを獲得させるものであることは注意したい)。

 

  1. 76

透視遠近法には、もう一つゴンブリッチの指摘していない重要はパラドックスが存在する。

結論から先に述べれば、透視遠近法はかえって奥行を抹殺する恐れがあるということである。

 

 

 

  1. 90

「認識の三重苦」の「三重苦」という言葉は言うまでもなく、ヘレン・ケラーの伝記から引かれた言葉です。「三重苦という障碍をもったヘレン・ケラーはいかにそれを乗り越えたか」という問題と「絵画における奥行表象はいかに可能なのか」という問題が重ねられている。つまり突き詰めれば、問題は「『奥行』という概念(=いまは見えないが、そこにいけば見えるという確信)はいかに得られるか」ということになります。それはそのまま、僕が現在、個人的に直面している脳梗塞後のリハビリ過程の治療モデルに重なります。ここで重要なのは「見える」ということではない、「実際にはまだ見えないが、可能性として見える」ということを、実際にいま見えている事柄と同じ構造の中に、同じ権利を与えてム見込むということなのです。さらに、いま見えている、感じていると思っているものが作り出していた認識の構造を否定、修正して、「実際にはまだ見えないが、可能性として見える」ことを基に新たに心身の認知構造を再建することとも言えます。そこで実際に見えているか、見えていないかは本当の問題ではない。いま見えていないもの、つまりその時間的な遅れをリアルな現実として組み込んで行動を編成できるかどうかが、身体tの関係で問われるのです。

 

  1. 92

「認識の三重苦」で「奥行」という概念に託されていたのは、主体の能力の拡張性、いわば主体の可能性でした。それこそが「奥行」問題の核心にあった。いま見えないものが見える。あるいは見えるものが見えなくなる。つまり現在現れている、見える/見えない、感じる/感じないという分割を越

  1. 93

えて、それが存在すること。それができるということ、その可能性を持つということ、その可能性を知覚そして心身が所有することが、「奥行」を捉えるということでした。

 

 

 

  1. 141

私たちは知っている。

真に信用に値する認識は固有の主体=身体には帰属しない。

 

こうした認識の獲得は、身体が誰のものでもなくなり(統制-同期を失い)、それぞれの身体から、ばらばらに流れ出す――そのとき身体の諸部分が帰属を離れた自律性を獲得する――事態と正確に対応する。すなわち脳もまた身体であって、信頼に値する知とは、その脳が誰のものでもなくなり(主体的ないかなる統制、位置づけ、利害関係からも離れ)、自動計算をはじめたときに得られるのだ。

真の認識は主体的ないかなる実感からも離れていなければならない。

 

  1. 142

倫理的であるとは、このように、外部化された認識(自分の予想を超えて自分の脳が引き出した答え)に忠実であることだ。それは、私たちの実感(中枢的な感覚)が切断されたときにだけ、得られうる至高の経験としてある。

 

 

  1. 150

国家は人の作り出したものです。

(国家の存在は自然には基づいていません)

国家は、ひとびとがそれを国家と認めることなしに存在することはできません。国家をつくり出したのはわたしたちの意識であり、ゆえに厳密に言えば国家はわたしたちの意識の中でしか存在しないのです。国家(そしてその機能を代表する政府)はわたしたちの意思を代表しているものとして、はじめて現れるも

  1. 151

のだからです。

 

 

  1. 194

抽象表現主義

 

 

  1. 200

ロックンロールの流行は、言うまでもなくレコードのマスプロ化、ラジオ、ジュークボックスというメディアの発展と連動していました。音響、声だけを聴いて、それとは切断されたかたちでレコードジャケットの写真などを見ているわけですから、実際に誰が歌っているのか確かめようがない。だから本当は人種の差など実は意味を持ちません。黒人は白人のように歌い、白人は黒人のように歌った。実

  1. 201

際はどちらが歌ったかわからない。つまり事のすべての真偽は音響上の出来事に吸収される。ところがご存知のように、1960年代初期に逆転が起こる。ますレコードが売れ、そこで喚起された虚構のライブ感情を補強する販売促進興業としてコンサートが開かれるようになる。レコードを出す前にクラブでやっていた牧歌的なライブとは本質的に異なる状況です。レコードそしてメディアで喚起させられたイメージを確かめにライブにやってくる観客の質は、まったく異なるものでした。それはフォークでも同じです。レコード録音された以上、フォークだって、はじめからエレクトリック化されていたわけですから。

こうして、知られるように、1965年あたりで、ロックは大きく変質しはじめます。ディランが『Bringing It All Back Home』を発表し、エレキギターを持ちロックに転向したと言われたのは、むしろこの時期です。ディランの転向はフォークからの転向ではなく、むしろはじめから彼が先見していた通りに、壁に直面していたロックへの批判として機能し、同時にロックにそこから抜け出す道を示すものだった。

 

  1. 206

ところでドイツの言語学者ヴァインリッヒは「話す」ことと「語る」ことをまったく異なる時間秩序を持つものとして区別しました。「話す」はそのメッセージの意図が話し手と聞き手の関係に還元される(その特定した場に位置づけられる)から、話し手も聞き手も緊張を強いられる、と彼は言います。すなわち、そのとき聞き手は「この言葉によって彼は私に何を言おうとしているのだろう」と身構えている。対して「語る」というのは、そこで語りとして組織された文は、こうした話し手/聞き手の関係から解放されている。つまりその文の主語はその話し手自身ではないし、その文は直接、聞き手に向けられているわけでもない。語りは「だったそうな」という文の終わり方に示されるように、そこで語られる事実は「そうだったらしいよ」「そうだったかも、ありえるかも」と現実の事実として曖昧性を帯びる。一方で、誰であれ、この話を語るとき、その話の主語になり代わってしまえる、つまり語り手を、その語りの持つ場所へと憑依させることのできる普遍性を持つ。これが物語というものの効果、構造です。

 

 

 

  1. 214

ディラン  「セミの鳴く日(Day of the Locusts)」

  1. 215

この曲が暗示するのは、明らかに伝統を誇る大学、アカデミーも含めて人間の歴史そのものがいかに小さく閉じた(墓の中の時間のように)限界の中にしかないか、という示唆=批判である。外にははるかに広大な自然の時間がある。

 

 

 

  1. 227

もう一つ加えると、非同期性という語と並行するように、センチメントという語が1990年代以

  1. 228

降の論に頻出しています。読み返せば、非同期性という語と裏表になっていたと気づきます。ここでセンチメントという語についても、あらためて注釈してみます。

センチメントとは、他者に伝達不可能、共有不可能、容易に言語化できない経験(反対から見れば、そうした他者の経験を知りえないとしたときに発生する感情)を基底とすると、とりあえず措定し、考察されていました。それは伝達不可能、普遍化不可能として限界づけられた経験に伴う感情であり、疎外感とも近接する感覚です。その意味では、センチメントは本質的に非同期な孤立した経験に根差すと言えるわけです。

本居宣長の議論で言えば、ますらおぶりに対するたおやめぶりであり、漢心に対する大和心ということになるかもしれません。大まかに言えば、容易に既存の言語に翻案できない(ゆえに容易に概念化されえない)ものである。乱暴に翻案すれば、そうした、捉えどころがなく、伝達するには、とりとめもないものに心動かされるのが、たおやめぶりであり、その動きを触発するのがもののあはれというものでした。あはれは感情となる以前にまず、通常はとりとめもないものとして(語るにおよばないものとして)排除されてしまうような感覚であり、その感覚が捉えた現象だということになります。

カント的概念区分に対応させれば、悟性、理性ではなく、とりわけ感性によってのみ捉えうる領域ということになるでしょう。いまだ悟性、理性によって表象されえないもの、あるいは悟性、理性が扱うことのできる表象として定位できないもの。ひとことで言えば、まだ客観的対象として扱えないものを感性は捉える。こうしたいわば余剰の経験は、ゆえに反省的に折り返すと伝達できない、理解できない、それはもう到達できる場所から去ってしまった、という不能感をもたらすことにもなる。いわば、言葉にできない、表象できないものに向き合っている、という経験とも言えますが、この不能感(それはキーツの言ったネガティブケイパビリティと隣接します)を共有しうるものとして回収

  1. 229

してしまうのが共同体であり、ナショナリズムである。つまり、その共同体は「理解しえないもの、語りえないものがあることを知っている、知ってしまった」という感情によって連帯し、その本来は孤立した共有不可能な対象経験を「この不可能性はわれわれの集団=共同体だけが理解できる」として、その集団を特権化してしまうということです。

こうして感性が捉えた特殊な経験はむしろ、到達できない閉域として隠蔽(秘匿化)されることで特定の集団に共有化されるわけです。こうした意味で伝統的慣習や、あるいは世俗宗教は結局のところ、こうした隠蔽=パッケージングの死無味として機能していると言えるでしょう。このパッケージは対象を包装し隠すことで、それを問わずに共有、伝達可能な一種の概念の代理物=モノに変えてしまうとも言えます。

悟性、理性的な対象は伝達でき、また客観化されるものだとすれば、それを媒介するのは論理であり数学であり、それらが扱いえる概念であり、対象でしょう(その媒介を代表するものが言語、貨幣と言えるかもしれません)。感性はこれらの媒介への翻訳、交換しがたいものを知覚し捉えてしまうのですが、ナショナリズムはこの特殊な経験をセンチメントというオブラートで、パッケージングしてしまう。が、そのセンチメントが捉える像は悟性、理性を両極として形成される客観(社会)という鏡面上に映し出された、虚像であるにとどまる。感性が捉えた非同期的な、決して同一性が確保されない、特殊な経験は、悟性、理性の形成する認識にとって、幽霊のような、不可能な像として歪曲され、映し出されるにとどまる。この像を共同性の根拠とするのがナショナリズムだということです。幽霊は虚像ですが、そこですでにコミュニケーションは生起している。言い換えれば、悟性、理性の閉域を超えるものは、すでに生の根底で捉えられている。

 

  1. 232

西行

何事のおはしますかはしらねどもかたじけなさに涙こぼるる

 

建築理論を齧る人ならば、西行が「何事のおわしますかはしられねども」とうたった不明な領域をテラン・ヴァーグ(terrain vague)などと言い換えたくもなるだろう。

 

その場所で起こったさまざまな出来事を想起させながらも、もはや空虚で、何からも放棄され、定義が曖昧で不安定な状態の都市空間を指すフランス語。スペイン・カタルーニャ出身の建築家/歴史家/哲学者であるイグナシ・デ・ソラ=モラレス・ルビオーが造った言葉である。1994年のAnyカンファレンス「Anyplace」で初めて発表された。ソラ=モラレスは、機能性を失った空き地などの都市空間が資本主義原理のもと利益優先で開発される一方で、都市空間の廃れて生産性を失った状態での価値を主張し、テラン・ヴァーグは自由で匿名的な都市の現実を表象するとした。テラン・ヴァーグは単に場所を指す言葉ではなく、都市を撮影した写真のなかに現われるイメージであり、都市の内部に存在しながら外在的な他者として出現する未知の空間であり、集団の記憶や歴史的時間が密接に作用して認識される都市の無意識である。フランス語の「terrain」は英語のそれに比べ都市的な意味合いをもち、「vague」の語源には「波」「空虚」「曖昧」など多重のニュアンスがあり、テラン・ヴァーグを英語や他の言語で短い熟語に言い換えることは難しい。

 

パブリック、日本語にすれば公と呼ばれる概念は、ひどく誤解されている。たとえば、お上の意見は決して公の意見ではないし、無論衆目の一致が、公たる条件ではない。おおよそ国家であろうと国際連

  1. 233

合であろうと=公であるわけではない。むしろ国家や国連やら(町議会でもいい)は特定の利害関係のみに基づいた諸立場、諸主体の意見を代弁するだけでなく、つねにそれを超えた公を配慮する(している)と見なされることにおいて、かろうじて公に関わるべき存在意識を確保していたのであったし、そして、それを失えば国家は国家たりえず、政治的機構はほとんど特定の利害のみを代行する暴力装置と区別がつかないものになってしまうのである――そう見なされた途端、国際社会の公益(公の利益)を守ると騙る国家たちの連合が、そう見なされた国家を破壊するという忌まわしい出来事を近年われわれは目撃させられた(2003年のアメリカのイラク侵攻のこと)。

むしろ誰もが知るように、国家をも超える、公の価値とは、個々人の主体の内側に抱え込まれるとこ

  1. 234

ろのもの――それはたとえば人権と呼ばれる――にある。国家よりも個々人の抱える権利こそ、守るべき、公の価値たりうるというのは、それこそ憲法の基本である。

 

 

  1. 240

言語行為論の主張によれば、言語行為の意味を決定するのは、文の内容の真偽にあるのではありません。真偽ではなく、その発言が適切か不適切化こそが重要になる。文の意味するところ=作用はまずは、その点で評価されるのです。まともに受け取られるか、そうでないかは、その言語行為が適切な場面で

  1. 241

適切な人物によって遂行されているかによって判断され、決定されるということです。

 

 

 

  1. 275

ワイリー・サイファーは『文学とテクノロジー(Literature and Technology)』で、19世紀以降の芸術と科学およびテクノロジーの関係について、以下のような分析を行っている。

テクノロジーは、基本的に社会制度上の枠組みに規定されているために、その合理性はこの与えられた枠組み‐目的(それを自ら疑うことはできない)内での整合性でしかなく、結局のところ、その方法は効

  1. 276

率を優先させた吝嗇の原則にのみ基づくほかはない。

科学は、世界の外部に位置する中立的な観察者(不在の観察者)という立場を前提とすることで真理への帰属という正当性を確保してきたが、この中立的かつ特権的な観察者の位置は、それ自身の立場を観察できない(理論自身の正当性をその理論では証明できない)という意味で破綻せざるをえない。言い換えれば、その立場も無自覚的には社会制度に包摂されてしまう。

対して、芸術は経験主義的な主観の曖昧さから抜け出そうとして、テクノロジーの非個性的な方法に接近し、あるいは科学主義的な観察(疎外された傍観者の視点)に依拠せんと試みてきたが、結果として上記のような、それぞれが抱える問題をそのまま抱え込むことになった。

要するに、テクノロジーも科学も自らの理論的な枠組みの正当性を自ら証明できないし、自ら規定することもできない。とすれば問題は、いかにその枠組みが生成してくるのか、その生成の揺れ動きをいかに捕捉するかというメチエの獲得にある。当然のごとく、サイファーが再規定しようとする芸術の可能性もここに絞り込まれる。

 

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塩原 俊彦

(21世紀龍馬会代表)

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