『PACHINKO(パチンコ)《上下》』を読んで

わたしは、10月30日に「勉強しない大学生:内省力を鍛えよ:空気を読むだけで「個人」になれると誤解している日本人」(https://webronza.asahi.com/politics/articles/2020102700003.html)を「論座」にアップロードしました。そのなかで、大学生は「大切なのは「人、本、旅」から「いかに学ぶか」」であると書きました。これは、友人である出口治明さんからのうけ売りですが、本心です。ゆえに、いまでもこの三つが自分の人生を豊かにしてくれると信じています。

 

『PACHINKO(パチンコ)《上下》』

最近、一冊の本を読みました。ミン・ジン・リー著『PACHINKO(パチンコ)《上下》』(池田真紀子訳、文藝春秋、2020年)です。石角完爾さんから勧められて読んだものです。石角は、出口さん兄弟の友人で、本人の経歴書はつぎのようなものです。

「通産省を経て、田中角栄の勧めでHarvard大へ入学。国際弁護士となる。日本におけるマイケル・ジャクソンの顧問弁護士や国際的な大型M&Aのエキスパートして活躍。2007年、5年に渡る厳格な修行の元にユダヤ教に改宗し、ユダヤ人となる。「世界のユダヤ社会の中で最も知られた日系ユダヤ人」と言われる。現在、その豊富なユダヤ人ネットワークからイスラエルの最新技術と日本企業をつなぐ技術商社テクニオンジャパン(株)を経営。日本・アメリカ・欧州・イスラエルを中心に世界で活躍」

 

在日コリアン

この物語は在日コリアンの4世代の人生を描いたフィクションです。いつも思うことですが、優れたフィクションはある意味で現実以上にリアリティを感じさせます。

個人的な経験を書くと、わたしは35歳で自殺した鷺沢萠さんと、銀座のロシアレストランで食事をし、自宅近くまでハイヤーで送ったことがあります。1990年前後の話だったと記憶しています。わたしの後輩2人も呼んで4人で会食をしました。講談社にいた友人が紹介してくれたとように思うのですが、はっきりと覚えているのは、すでに『帰れぬ人びと』で芥川賞候補になっていた彼女は、「まだ若いと言われている」と話していました。何より、驚いたのは、「自分は在日だから」といったことを初対面のわたしに話したことでした。少なくとも、わたしはそのときまで彼女が在日ということを知りませんでした。つまり、あまり彼女のことを知らないまま、若者同士のノリという感じで、ロシア料理に舌鼓をうったのでした。彼女は上智大学外国語学部ロシア語科に在籍したことがあったことも関係していたのかもしれません。

残念ながら、この邂逅以後、わたしは彼女と会ったことはありません。

日本には、鷺沢以外にも、『由熙』(ユヒ)で芥川賞をとった李良枝(イ・ヤンジ)、同じく『家族シネマ』で芥川賞をとった柳美里のほか、『夜の河を渡れ』などで知られる梁石日(ヤン・ソクイル、ヤン・ソギル)などがいます。

そんなわけで、わたし自身は在日コリアンと無関係というわけではありません。ただし、元来、小説は「趣味」で読んでいるだけですから、在日コリアンはわたしの経済学や地政学の守備範囲からはかなり逸脱しています。このため、今回の小説を読むと、在日について知らないことがいろいろとあり、多くのことを考えさせられました。

 

パチンコ

パチンコ業界を担当したことも、関心を寄せたこともありません。ただ、1990年か1991年ころだったと思いますが、ある信託銀行幹部から、警察がパチンコ業界にカードを導入し、業界の資金の流れの透明性をはかろうとしている話を教えてもらったことがあります。すぐに、朝日新聞経済部の担当者にこの情報を報告しました。わたしは日本銀行の金融記者クラブに在籍していましたから、パチンコ業界のことを深く取材するのは担当外だと勝手に決めて、あまりこの問題を掘り起こそうとはしませんでした。まあ、いろいろと忙しかったものですから。しかし、いま思えば、この情報をきっかけに、もっとパチンコ業界に食い込んでいれば、さまざまの興味深い人物に出会えたかもしれないと反省しています。

 

感動のナラティブ

この本はなんといっても、興味深い複数のナラティブ(物語)が交錯するところに感動します。はやり、ナラティブこそ人の心を揺さぶると改めて思いました。同じ人間でありながら、国家に翻弄されてしまうちっぽけな人間という「現実」に無力感を強く感じます。

たぶん、こうした心の葛藤が自分自身の精神を鍛えてくれると思いながら、幾度か、涙が出てくるのは堪えきれませんでした。

どうか、若い人々は、ここで紹介したような作家の作品をぜひとも読んでほしいと思います。ちっぽけ自分と不条理な社会、制度、国家などと真正面から向き合うことで、自分自身の人生を切り拓くことの困難と意味のようなものについて深く考えてほしいと思います。それが、きっとそれぞれ人の人生を豊かにすることにつながるのだと思うのです。

 

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塩原 俊彦

(21世紀龍馬会代表)

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