「ウクライナ戦争3部作」をめぐって:ウクライナ戦争の本質を探る  ルサンチマンからの問いかけ

2022年12月に『復讐としてのウクライナ戦争 戦争の政治哲学:それぞれの正義と復讐・報復・制裁』(仮題)が刊行されることが決まった。これで、社会評論社からすでに出版済みの『プーチン3.0 殺戮と破壊への衝動:ウクライナ戦争はなぜ勃発したか』と『ウクライナ3.0 米国・NATOの代理戦争の裏側』を合わせて、「ウクライナ戦争3部作」の完成となる。

いま、この3冊目の最終稿を推敲しつつある。この本で明らかにしたいのは、ウクライナ戦争の本質である。過去に2冊の本を書いたことで、ロシアおよびウクライナの側からみたウクライナ戦争を考察したことで、少しずつだが、たしかな手ごたえをもって、この戦争の本質がつかめてきたように思う。

 

復讐という視角

復讐という視角の重要性は、プーチンが教えてくれている。ウクライナ戦争の目的としてあげた「非軍事化」と「非ナチ化」のうち、後者は明らかに、プーチンが「ネオナチ」と断じるウクライナの超過激なナショナリストへの復讐を意味しているからだ。

そもそも復讐心とか復讐精神、復讐感情といったものはどこから生じて、何を求め、そう執行されてきたのか。あるいは、復讐の刑罰への転化はどう進められてきたのか。戦争あるいは、戦争にかかわる復讐、報復、制裁は国際法のなかで、どのような変遷をとげ、現在に至っているのか。

こんなさまざまな問題に答えるためにまとめたのが『復讐としてのウクライナ戦争 戦争の政治哲学:それぞれの正義と復讐・報復・制裁』である。

 

出発点は宮崎正弘・渡辺惣樹著『戦後支配の正体 1945-2020

すべての出発点は2年ほど前に読んだ宮崎正弘・渡辺惣樹著『戦後支配の正体 1945-2020』(ビジネス社, 2020年)であった。この本については、このサイトの「宮崎正弘・渡辺惣樹著『戦後支配の正体 1945-2020』について」(https://www.21cryomakai.com/%E9%9B%91%E6%84%9F/1002/)において、紹介したことがある。そこでも、書いておいたが、つぎの文にきわめて強く心を動かされた。

 

「私は忠臣蔵じゃないけど、やはり復讐権は存在する、という立場を取りたいのです。そうでないと殺人をした犯罪者が精神鑑定だとか少年法だとかいろんなファクターを持ち出して、すぐに更生の時間を与えよという議論になる。しかし復讐権が存在するという立場をとると、被害者の復讐権はあるけれども、それを国家が取り上げている。だから国家は復讐の代行行為としての量刑を定める。犯罪者の更生作業に入るのは、恨み解消のあと、つまり復讐の気持ちを抑えることができる程度の量刑を加害者が済ませたあとです。この順番が大事です。

 なんでこんな話をしたかというと、原爆の問題にもつながるからです。アメリカが絶対に日本に原爆を持たせるわけがない、と私が考えるのは、アメリカは復讐権が存在すると思っている国だからです。もちろん法律では復讐は許されていませんが、国民の心には復讐権は国家に取り上げられたと思っている。したがって、アメリカに原爆投下できる復讐権をもっている日本には絶対核を持たせるはずがない、と私は考えます。だから日本の核保有論は復讐権のファクターを考慮しながら戦略を立てなければ実現性はない。私も日本が核保有をしたほうがいいとは思いますが、復讐権の存在を認めるかどうかで日米には隔たりがある。そうなると最終的には核シェアリングくらいしか落としどころがないのではないのか。」

 

復讐権からニーチェのルサンチマンへ:時間を置いてウクライナ戦争へ

率直に言って、私は復讐権について考えたこともなかった。まったく知らなかったと言っていい。ただ、復讐権の存在は、すぐにニーチェの「ルサンチマン」を思い起こさせた。復讐精神、復讐感情と言えば、ニーチェだからだ。

だが、この連想はウクライナ戦争がはじまるまで、私の頭のなかではまったく眠っていた。ウクライナ戦争を復讐と直接結びつけるところまで、そう簡単にたどり着いたわけではない。

 

決定的だったのは「非ナチ化」

プーチンがのべた、ウクライナ戦争の目的の一つに「非ナチ化」が入っていたことが決定的だった。プーチンは明らかにウクライナに対して復讐戦を仕掛けている。にもかかわらず、欧米のメディアは「非ナチ化」について「ネグる」だけで、「非ナチ化」を避けているようにみえる。

だからこそ、ウクライナ侵攻、西側の報道に異論:「非ナチ化」の意味をもっと掘り下げよ」(https://webronza.asahi.com/politics/articles/2022030100008.html)という論考を「論座」に書いたわけである。だが、公開直前になって「論座」編集部はこの記事の公表を停止しようとした。

2022年3月2日午前10時56分、論座編集者から、「公開をストップします」という電子メールが届く。それには、つぎのような記述がある。

 

 「急なお願いですが、「非ナチ化」の記事の公開をストップさせてください。論座編集部内で「プーチンのゆがんだ理屈を前提にした記述が多く、現況においてほとんどの読者の納得を得られないのではないか」という意見が相次いだものです。」

 

ところが、同日午後5時9分になって、今度は「公開されていました」なるメールがくる。そこには、「大変失礼しました。非ナチ化の記事が11:00に公開されていました」とある。これが「言論封殺未遂事件」の顚末だ。

「論座」は、「非ナチ化」について言論弾圧して何を隠蔽しようとしたのだろうか。その理由は「論座」編集幹部のアホどもに聞いてみなければわからないが、彼らのように、勝手に言論を弾圧する姿勢からは、真実に近づくことは決してできない。その証拠に、「非ナチ化」という目的こそ、プーチンによる「復讐宣言」と言えるものだからである。

 

復讐について考える

「非ナチ化」がなぜプーチンのウクライナへの復讐につながるのかについては、12月に刊行される拙著を読んでほしい。ここでは、その後、私が復讐について何を考えたかについて簡単に紹介しよう。若い人々が思考を深めるための実践例示となると思うからである。

復讐について考えるために、私が読んだ主な参考文献である。

 

  1. Georges Abi-Saab, The Concept of Sanction in International Law, in Gowlland-Debbas, V. (eds.), United Nations Sanctions and International Law, 2001.
  2. Richard Barry, The Two Goats: A Christian Yom Kippur Soteriology, A Dissertation submitted to the Faculty of the Graduate School, Marquette University, 2017.
  3. Charles K.B. Barton, Getting Even: Revenge as a Form of Justice, Open Court, 1999.
  4. Ian Brownlie, International Law and the Use of Force by States, Oxford University Press, 1963.
  5. Kit R. Christensen, Revenge and Social Conflict, Cambridge University Press, 2016.
  6. Sigmund Freud, Civilization and Its Discontents, First published in 1930, Translated from the German by James Strachey.
  7. Evelyn Speyer Colbert, Retaliation in International Law, King’s Crown Press, 1948.
  8. Jean Combacau, Sanctions, in R. Bernhardt (ed), Encyclopedia of Public International Law, 1992.
  9. Michael Davis, Victims’ Rights, Revenge, and Retribution, Australian Journal of Professional and Applied Ethics, Vol. 3 (2), 2001.
  10. Vincy Fon & Francesco Parisi, The Behavioral Foundations of Retaliatory Justice, Journal of Bioeconomics, Springer, Vol. 7 (1), 2005.
  11. René Girard, Violence and Sacred, Originally published in Paris in 1972 as La Violence et le sacre, first published in 1988, translated by Patrick Gregory, and Bloomsbury Revelations edition first published in 2013 by Bloomsbury Academic, This edition 2005.
  12. Timothy Gorringe, God’s Just Vengeance: Crime, violence and the rhetoric of salvation, Cambridge University Press, 1996.
  13. Douglas Hay, Property, Authority and the Criminal Law, in Douglas Hay, Peter Linebaugh, John G Rule etc., Albion’s Fatal Tree: Crime and Society in Eighteenth-century England, Allen Lane the Penguin press, 1975.
  14. Joachim Jeremias, New Testament Theology: The Proclamation of Jesus, Scribner’s, 1971.
  15. Pablo Kalmanovitz, “Hugo Grotius on War, Punishment, and the Difference Sovereignty Makes”, in Morten Bergsmo and Emiliano J. Buis (editors), Philosophical Foundations of International Criminal Law, 2018.
  16. Immanuel Kant, Lectures on Ethics, translated by Louis Infield, Harper & Row Publishers, 1963.
  17. Judith W. Kay, Murdering Myths: The Story Behind The Death Penalty, Rowman & Littlefield Publishers, 2005.
  18. David R. Marples, Chapter 6. The Ukrainian-Polish Conflict, Heroes and Villains, Central European University Press, 2007.
  19. В. І. Масловський, «Що на «олтарі свободи»? Декілька уточень щодо війни ‘на два фронт.’ Яку вела УПА та скількома невинними жертвами оплачувався цей пропагандицький миф”, Комуніст України, No. 7, 1991.
  20. Larry May, The Morality of Groups: Collective Responsibility, University Of Notre Dame Press, 1987.
  21. William Ian Miller, Eye for an Eye, Cambridge University Press, 2006.
  22. Martha Minow, Between Vengeance and Forgiveness: Facing History after Genocide and Mass Violence, Beacon Press, 1998.
  23. Robert Nozick, Philosophical Explanations, Harvard University Press, 1981.
  24. Thane Rosenbaum, Payback: The Case for Revenge, University of Chicago Press, 2013.
  25. Carl Schmitt, The Nomos of the Earthin the International Law of the Jus Publicum Europaeum, Translated and Annotated by G. L. Ulmen, Telos Press Publishing, 2006.
  26. Arlene M Stillwell, Roy F Baumeister, Regan E Del Priore, We’re All Victims Here: Toward a Psychology of Revenge, Basic and Applied Social Psychology, 2008.
  27. Mayer Sulzberger, The Ancient Hebrew Law of Homicide, Originally published by Julius H. Greenstone, 1915 (Reprinted 2004, 2018 by the Lawbook Exchange, Ltd). 
  28. Walter Wink, Engaging the Powers: Discernment and Resistance in a World of Domination, Fortress Press, 1992.

 

みなさんもよく勉強してほしい。

 

 

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塩原 俊彦

(21世紀龍馬会代表)

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