「平和主義にサヨナラする日本」:展望なき日本外交に「喝」

(独立言論フォーラム用に書いていたものだが、掲載が遅れたため、このサイトにおいて公表することにした)

 

2023年春に上梓する予定の『ウクライナ戦争をどうみるか』(花伝社)という拙著の冒頭はつぎのような文章ではじまる。少し長い引用になるが、お付き合い願いたい。

 

「情報をめぐる諸問題を論じるとき、とてもわかりやすい例がある。それは、「手を打てば 魚は集まる 鳥逃げる 下女は茶を汲む 猿沢の池」という読み人知らずの歌だ。

 奈良の興福寺にある猿沢の池のほとりで、ポンポンと手を打つことで、いわば情報発信すると、池にいる鯉は餌の麩でももらえるのかと寄ってくる。他方で、鳥にとってはその音が身の危険に通じるかもしれないという警報のように感じられ、池から飛び去る。その一方で、茶屋の女中は客が来たと思い、お茶を汲んで出迎えようとするだろう。

 同じ「ポンポン」という情報であっても、その情報を受信する側の解釈は異なってしまうのだ。この話を「ウクライナ戦争勃発」という情報が発信された事態に移しかえてみるとどうなるだろうか。

 自分の利益ばかりを考えがちな人は、このウクライナ戦争勃発という情報を、自分の儲けになるかどうかという観点から眺めることになるかもしれない。自分の投資との関連で、石油価格や天然ガス価格の変動や為替市場の動向ばかりが気にかかり、そろばん勘定からこの戦争をみようとする人もいるだろう。一方、安全保障問題に関心のある人は、この情報を自分の身の安全というリスクと関連づけて考える傾向が強いかもしれない。戦争勃発という恐怖から、戦争にかかわる情報から目をそらせたり、戦争をはじめたロシアを忌み嫌ったりするようになるかもしれない。

 あるいは、ウクライナ戦争勃発という情報あるいはその関連情報の真偽をたしかめることなく、流されてくる情報を一方的に受け入れ、自分にとって都合よく解釈して行動する人も多いだろう。テレビが流すウクライナの子どもの悲惨な光景をみれば、そんな攻撃をしかけたロシアに怒りを覚えるのは当然かもしれない。」

 

このたとえをつづけると、「ウクライナ戦争勃発」という情報に世界中の主権国家は右往左往した。日本政府は慌てふためいて一斉に飛び立つ水鳥と同じだった。ただし、このとき、安全保障上の懸念から慌てたのは欧州各国も同じであった。しかも、ドナルド・トランプ大統領以降、大きく軋んでいた欧米関係にもかかわらず、多くの欧州諸国はジョー・バイデン政権の歩調に合わせることにした。その意味で、日本は欧米の同調圧力に「乗っかる」だけですむという「気楽」な選択をすることで、国内の多くの「外交音痴」を納得することに成功しているようにみえる。

だが、日本政府は単に欧米に同調する以上の危険な一歩に踏み出した。岸田文雄首相は米国外交の危うさを考慮に入れないまま、1月13日の日米首脳会談によって、日本が米国に従属する軍事国家へとひた走る方針を世界中にアピールしたのである。

 

平和主義の放棄

「ニューヨーク・タイムズ」は、「バイデンと岸田、中国の力が増すなか、日米同盟の強化を誓う」という記事(https://www.nytimes.com/2023/01/13/us/politics/biden-kishida-japan.html)のなかでつぎのように書いている。すなわち、「現政権が軍事費の拡大や新装備の取得に動くなかで、日本国民は、かつては日本が平和主義の地位を捨てようとしていることを示唆するいかなる動きにも断固として反対していたが、おおむね支持的であった」というのである。つまり、日本国民はおおむね、平和主義を捨てることに賛成しているということらしい。

「ワシントン・ポスト」(https://www.washingtonpost.com/politics/2023/01/13/biden-kishida-japan-alliance/)も、「大統領が岸田氏を迎えたのは、バイデン政権高官と日本側高官との3日間の会談の後であり、日本が12月に第二次世界大戦での敗戦後の平和主義国家から防衛予算の拡大と米軍とのより密接な協力関係へと重大な転換を示した後であった」と指摘している。

ロシアの有力紙「コメルサント」は、1月14日、「平和主義にサヨナラする日本」という記事(https://www.kommersant.ru/doc/5771621)を掲載した。「前日の2+2方式による日米外務・防衛閣僚協議は、日本がもはや平和主義国家ではなく、中国、北朝鮮、ロシアを抑えるための米国の強力な同盟国であるという、東京の外交政策の新しいベクトルを明確に示していた」と指摘している。

さらに、ドミトリー・メドヴェージェフ前大統領(安全保障会議と国防産業を監督する機関の副議長)は、1月14日付の「テレグラム」(https://t.me/s/medvedev_telegram)で、日本の岸田を恥ずべき対米従属だと非難し、自らの腹を切るよう提案した。彼は、「日本政府のトップは、広島と長崎の核の炎で焼かれた何十万人もの日本人の記憶を裏切り、屈辱的な忠誠の恍惚のなかでロシアについての戯言を吐いている」としたうえで、「岸田はアメリカの下僕にすぎない。そして、召使は勇気がもてないのだ」と記している。さらに、「日本人がかわいそうな気がしてくる」とのべ、「このような恥は、帰国後、直接閣議で切腹することでしか洗い流すことができない」とまで書いている。

こうしてみてくると、岸田はバイデンとの会談によって世界中に日本が平和主義を放棄したことを明確に示したようにみえる。NYTが指摘したように、日本国民の多くは、日本がとりつづけてきた平和主義を捨ててしまったのだろうか。少なくとも、私は違う。戦争は決して許してはならない。

 

安倍晋三政権との違い

ここで、岸田政権の無定見を厳しく批判してみたい。痛感するのは、岸田政権の安倍晋三政権との違いである。この点について詳しくみることで、いまの岸田政権の「能天気」ぶりを明らかにしてみよう。

まず、私が『ブリタニカ2015年版』に寄せた「ロシア」の項目に書いた内容を引用してみよう。2014年の出来事をまとめたものである。

 

 「北方領土問題をかかえる日本は2月のソチ冬季五輪の開会式出席を欧米各国首脳がボイコットするなかで、安倍晋三首相が出席し、プーチンとの首脳会談も行った。4月には、日本の首相として10年ぶりの公式訪ロが実現し、29日の首脳会談で、「日露パートナーシップの発展に関する共同声明」が採択された。日本政府は欧米の対ロ制裁に比べるとやや慎重な制裁を課(ママ)してきた。それに対応して、ロシア政府が8月に決めた逆制裁において、農産物などの輸入禁止対象国から日本は除外された。それでも、基本的に欧米追随を迫られている日本との関係改善は遅れており、2014年中に予定されていたプーチン訪日は実現されなかった。」

 

これからわかるように、2014年に起きたロシアによるクリミア併合にもかかわらず、安倍はウラジーミル・プーチン大統領との領土交渉を継続し、「日露パートナーシップの発展に関する共同声明」まで採択するという、日本独自のしっかりした外交方針を貫き通したことがわかる。4月30日には、ベルリンでアンゲラ・メルケル首相(当時)と会談した安倍は、対ロ制裁に慎重な日独両国が足並みをそろえることに成功する。このとき、二人は2014年2月21~22日に起きた「クーデター」の背後に米国政府が深くコミットしていることをよく知っていた。だからこそ、強硬姿勢を示すバラク・オバマ大統領とは異なる姿勢を日独が協力して示そうとしたのである。

別言すると、「リベラルな覇権主義」(大国の論理を優先させて戦争をしてまで自国の権益を守ろうとする進歩的リベラリズム)に傾くオバマとは異なる立場を安倍はたしかに歩もうとしたことになる。ついでに記しておくと、オバマは日本人の大多数が感じているほど、「善なる大統領」では決してない。

 

岸田の無定見

ウクライナ戦争勃発後、岸田は、オバマ政権で副大統領として2014年のクーデターに深くかかわってきたバイデンのリベラルな覇権主義に同調するという安易な路線をとる。「G7をはじめとする国際社会が一致して強い意志を示すことが大変重要だ」との立場から、米国主導のG7に相乗りするのである。戦争をはじめたロシアに対して、安倍も「戦後、私たちがつくってきた国際秩序に対する深刻な挑戦であり、断じて許すわけにはいかない」と、強い言葉で非難したことも岸田の意思決定を後押ししたのかもしれない。

こうした日本の「非友好的」な動きに対して、3月21日、ロシア外務省は声明を出し、ロシアは北方領土(南クリル)問題をめぐる日本との交渉プロセスから離脱すると、一方的に表明する。

ウクライナ戦争勃発は、2014年2月のクーデターおよびその後の内戦と比べようがないほど深刻な事態である。ゆえに、各国が対ロ強硬路線に足並みをそろえたのは理解できる。だが、平和主義という錦の御旗をあくまで掲げつづけるのであれば、ウクライナ戦争勃発という「帰結」だけをみるのではなく、その背景を冷静に見極めて慎重に対処すべきであったのではないか。残念ながら、すでにドイツのメルケルは引退していたが、岸田はオラフ・ショルツ首相と腹を割った会談をするといった対応策を練るべきであったのではないか。

 

安易に流れる政治

だが、現実には、世界中の政治家の質が悪すぎる。こうした道に踏み出すには、大きなリスクがある。ゆえに、凡庸な政治家は安易にロシア非難を声高に叫ぶだけだ。前述した日本の政治家だけでなく、世界中のほとんどすべての政治家がその程度の人々なのではないかと、私は疑っている。

ウクライナでの悲惨な映像を見て、大衆はプーチンだけを極悪人と決めつけ、ウクライナ戦争の遠因に米国のリベラルな覇権主義があることにまったく気づかないだろう。そんなことを指摘するだけで、「親ロシア派」とレッテルを貼られ、政治家はその政治生命にかかわることになる。私のように、『ウクライナ・ゲート』や『ウクライナ2.0』を書き、あるいは、『ウクライナ3.0』を書いた者も、「親ロシア派」と片づけようとする動きもある。だが、『プーチン3.0』を読んでもらえば、私が「反プーチン」であることは明らかなはずだ。そもそも、私を拉致するようなロシア政府を私が許すはずもない(拙著『プーチン露大統領とその仲間たち:私が「KGB」に拉致された背景 』を参照)。

いずれにしても、ウクライナ戦争に真正面から向き合い、その背後に米国によるリベラルな覇権主義があることを指摘し、ロシアはたしかに「極悪」だが、米国も「悪」であることをきちんと批判できる政治家が少なすぎるのである。

残念ながら、安倍もウクライナ戦争勃発という情報に接して安易な道を選択したように思われる。ウクライナ戦争を、彼の悲願であった防衛力強化を訴える絶好のチャンスと考えたのである。本当は、過去の経緯を知る安倍こそ、ウクライナ問題に米国のリベラルな覇権主義がある点を考慮して、北方領土問題をかかえる日本の「特殊性」を訴えて、G7のなかで一歩引いた対ロ制裁をとるよう岸田に進言すべきではなかったのか。だが、彼は日本の軍事力強化へと舵を切るよう働きかけたのである。

 

バイデン政権の危うさ:自由貿易を放棄

防衛力強化をしようとしても、日本の経済力は衰えている。その背景には、自由貿易を前提に構築されてきた日本の経済基盤そのものが保護主義への傾斜によって揺らいでいるという大問題がある。とくに、トランプ政権で自由貿易主義が保護貿易主義へと傾いて以降、米国はバイデン政権下でさらに保護主義を強めている点にもっと注意を払うべきだろう。

前述したNYTは、「バイデンは、前任のドナルド・J・トランプの「アメリカ・ファースト」の方向性とは対照的に、欧州とアジアにまたがる同盟関係の強化を外交政策の基軸としている」と指摘したうえで、「バイデンは、米国の主要な超大国のライバルである中国とロシアによる侵略の拡大に直面し、同盟が重要であるとみている」と書いている。だが、民主党べったりでリベラルな覇権主義を擁護しているNYTは、「同盟重視」が覇権国米国の同盟国への圧力・恫喝として働いている点をみていない。

NYTはバイデン政権のリベラルな覇権主義という「悪」以外にも、重要な「悪」を隠蔽しようとしている。それは、バイデン政権が明らかに自由主義を殺す方向に向かっているという事実についてである。大規模な補助金を米国内企業に供給することで、その生産コストを引き下げ、外国製品との競争力を高めたかのように装うのだ。しかし、それは結果的に国内企業の経済効率を引き下げることにつながり、国際的な公正な競争を前提とする自由貿易を放棄することを意味している。

すでに、「G7諸国における補助金支出は近年急増しており、2016年のGDPの平均0.6%から2020年には2%となる」と、The Economist(https://www.economist.com/briefing/2023/01/12/globalisation-already-slowing-is-suffering-a-new-assault)は報じている。たとえば、欧州連合(EU)は、8500億ドルを超える巨大な復興パッケージを採択し、そのなかには企業に対する多くの手当てが含まれている。

実は、バイデン政権になっても、こうした保護主義的傾向は収まってはいない。むしろ、より保護主義的色彩が濃くなっているのである。米国では、2022年末に制定された、半導体と環境に関する画期的な法律によって、政府はチップと環境技術に4650億ドルを投入する準備が整った。具体的にいうと、電気自動車(EV)購入のための7500ドルの控除を受けるには、①北米で組み立てられた自動車を購入する、②対象となる車のバッテリー部品の少なくとも半分が北米で製造されたものでなければならない――といった条件が課される。風力発電、太陽光発電、地熱発電のプロジェクトでは、①アメリカの鉄鋼を使用すれば、より高額な補助金を受け取ることができる、②その製造部品の約半分はアメリカ製でなければならない――といったことが求められている。これを知れば、補助金政策がきわめて保護主義的な政策であることがわかるだろう。

13日の日米首脳会談では、バイデン政権が2022年10月に発表した、中国が先端半導体で世界的なリーダーになるのを阻止することを目的とした積極的な輸出規制に関連して、米国のチップ製造技術への中国のアクセスを制限し、世界のどこかで製造された特定の半導体チップから中国を切り離すという米国の取り組みに日本が加わるよう、バイデンは岸田を説得した。その被害者となるのは、チップ製造装置のトップメーカーである東京エレクトロンであり、オランダのASML Holding NVだ。

おそらく日本政府は、東京エレクトロンへの対中輸出禁止に向けた圧力を強めるだろう。万が一、この圧力に同社が屈しなくても、米国政府は例によって、「二次制裁」という、どこの国の企業であっても中国にチップ製造装置を輸出する企業に対して、金融取引停止の圧力を米国内の金融機関に命じることが可能だ。

 

リベラルな覇権主義を糾弾せよ

こうして、米国政府はますます利己的で閉鎖的な保護主義へと傾斜している。こうした米国の保護主義的傾向は、新興国の経済成長を蝕むことが確実視されている。いわゆる「民主主義国家」だけと仲良くするというやり方は、まさにリベラルな覇権主義そのものだ。

私は拙著『復讐としてのウクライナ戦争』のなかで、つぎのように書いておいた(12~13頁)。

 

「サックスは、「バイデン政権は、セルビア(1999年)、アフガニスタン(2001年)、イラク(2003年)、シリア(2011年)、リビア(2011年)でアメリカが選択した戦争を支持し、ロシアのウクライナ侵攻を誘発するために多くのことを行ったのと同じネオコンで占められている」と指摘したうえで、「ネオコンの実績は容赦なき失敗のひとつだが、バイデンは自 分のチームをネオコンで固めている」という。さらに、「その結果、バイデンはウクライナ、米国、そして欧州連合を、またもや地政学的大失敗へと向かわせようとしている。もしヨーロッパに洞察力があれば、このような米国の外交政策の大失敗から自らを切り離すだろう」とまでのべている。」

 

この「ネオコン」は、まさにリベラルな覇権主義を説く者たちの集団といっても過言ではない。こうした好戦的な人々の「悪」を放置すれば、台湾をめぐって戦争が起きるのは時間の問題だろう。そうした連中の「悪」を非難し、リベラルな覇権主義そのものを糾弾しなければならない。「平和」はそうした姿勢の貫徹によってはじめて維持されるのである。

 

補足

この原稿を書いている1月16日時点で、一つだけ補足しておきたいことがある。米国政府の借入金が早ければ2023年1月19日に議会で事前に合意された上限に達するという問題である。政府の借入限度額引き上げをねらうリベラルな覇権主義者の多い民主党と、予算削減を主張する共和党との間で、対立が深まるのは確実だろう。

2023年1月2日から4日にかけて、米国の有権者1000人を対象に全国電話・オンライン調査をまとめた「ラスムッセン・レポート」(https://www.rasmussenreports.com/public_content/politics/biden_administration/voters_overwhelmingly_concerned_about_national_debt)によると、半数が先月議会を通過した1兆7000億ドルの歳出法案(ウクライナへの450億ドルの援助はまさにこの文書に含まれていた)に反対し、過半数がアメリカにとって「災害」であることに同意している。さらに、76%が31兆ドルを超える米国債の規模を懸念しており、うち53%は「非常に懸念している」。

この米国民の健全な判断を米国の政治家がどう議会の場で実現させていくかに注目したい。同時に、軍備増強に対して、その財源をめぐって安易な国債発行ですませようとする姑息な日本の政治家を厳しく批判したい。すでに財政破綻状態にある日本の「現実」を政治家は国民にはっきりと説明すべきなのだ。

 

 

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塩原 俊彦

(21世紀龍馬会代表)

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