思考の訓練の必要性:野口悠紀雄の論考で痛感すること

一橋大学の野口悠紀雄名誉教授のことは数十年も前から意識していた。理由は、若き政治家をめざす「二見会」という組織の事務局長だった小沢鋭仁がわざわざ、野口に学ぶために埼玉大学大学院に通っていた話を知っていたからである。

私自身、ソ連経済研究をするために、当時、日本におけるソ連研究でもっとも優れた複数人の研究者がいたから一橋大学大学院で学び直したから、小沢の気持ちはよく理解できた。野口の経済学にかかわる本や論文については、いろいろと勉強させてもらった。役にも立った。

しかし、2026年2月7日付で「現代ビジネス」に公表した「「世界秩序は断裂している」強烈なメッセージを発信したカナダ・カーニー首相の真意と日本がやるべきこと」という記事はお粗末であった。

そこで、なぜダメなのかを解説しながら、思考する方法についてまとめてみることにした。若い人々にしっかりした思考アプローチを身につけてほしいからである、野口の記事を反面教師にしながら。

 

現実・制度・理論・理念というツリー

私が最初に指導教授西村可明に会ったとき、彼から指導されたのは、「現実・制度・理論・理念」というツリー状の視角から分析することの重要性であった。当時は、まだソ連が存在し、社会主義とか共産主義といった理念が優勢であり、それらと資本主義との対峙があった。あるいは、米ソ冷戦下で、そうした主義主張の理念対立が存在した。

各理念は、それぞれ理論を構築し、それに沿った制度を創造し、現実を運営しようとしていた。このため、こうした社会や国家などを分析するためには、理念・理論・制度・現実について探究することが求められる。同時に、それぞれは関連しているから、それらの関連性にも配慮しなければならない。

こんなことを初対面のとき、西村から教えられた。成城学園にある西村の自宅でのことだった。

私はもともと、新聞記者だったから、このアプローチに沿って、とくに制度と現実に重きを置く研究生活に入った。この姿勢はいまでも基本的に変わっていない。ただし、制度と現実についてつぶさに研究しつづけながら、他方で理論と理念に関連する本や論文についても勉強をつづけた。理論や理念について知らなければ、制度や現実を理解できないからだ。

こうした生活を40年以上つづけていると、いまの私のように、地政学や地経学の観点から、さまざまな考察をすることも、そう難しいことではない。まあ、出来栄えの善し悪しは付き纏うが。つまり、こうした分析ツールを用いなければ、社会科学的な分析において、少なくとも現実をうまく説明することはなかなかできない、と強調したいのだ。

 

野口の低レベルさ

こんな私からみると、野口の記事がダメなのは、政治哲学上の理論への配慮がまったくないためだ。その結果、カーニー演説を政治理論上で位置づけられていないために、その理論と結びついて理念、あるいは、制度を鮮明に説明することができないのだ。

私は、2月14日と15日に「知られざる地政学」(連載129)において、「カナダのカーニー首相演説を解説する:リアリズムの徹底こそ重要」を公表する。

どうか、野口の論考と私の論考を読み比べてほしい。理論を知らないまま、感覚的な物言いをされても、いったい野口が何を言いたいのか、よく理解できない。もう少し政治哲学理論について学んだほうがいい。

ここでは、これ以上は割愛する。いろいろと勉強で忙しいからだ。

 

 

 

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塩原 俊彦

(21世紀龍馬会代表)

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