核抑止論と通常兵器

今週読んだ記事・論文のなかでもっとも優れていると感じたのは、2016年から2019年までNATO事務次長を務め、現在、フーバー研究所の研究員、ローズ・ゴッテモーラー著「核抑止力の不可解な敗北」( “The Strange Defeat of Nuclear Deterrence,” Foreign Affairs, July/August 2026)であった。核抑止論の限界を指摘し、核兵器保有による安直な核抑止に頼ろうとする見方の誤謬を指摘し、安全保障上の今後の政策を論じた論文は、日本の不勉強な政治家、学者、マスコミ関係者必読の優れた考察であると強調したい。

 

『核なき世界論』

拙著『核なき世界論』のなかで、核抑止論について検討したことがある。そこでまず指摘したのは、つぎの視角についてである。

「その出発点は、「絶対的武器」として核兵器が生み出されたことで、軍隊が戦争に勝利することを目的にしていた時代が終わり、「今後、その主たる目的が戦争(核戦争)を避けなければならない」ということになったとされたところにある。」

さらに、その後に、つぎのように書いておいた。

「この目的の転換は、「説得」から「抑止」へと国際政治のあり方そのものを変えた。つまり、「相手の価値剥奪を脅しとして使うことによって、相手にある行動をとるよう説得(persuade)する」ことから、「相手がしようとすることを、相手がそれを行った場合の価値剥奪を事前に予告して思いとどまらせる(dissuade))」ことへと変化したことになる。」

ここで重要なのは、核抑止論が絶対的兵器としての核兵器だけについて説かれていたことである。

不勉強な政治家、学者、マスコミ関係者は、核兵器以外にも、戦闘機や軍艦、ミサイルなどにも抑止力があるかのような主張をする。しかし、それはまったくの大間違いだ。「絶対的兵器」としての核兵器のもつ、恐るべき威力のために、その配備が決定的な抑止力をもつようになるわけである。

 

抑止の2タイプ

拙著では、「抑止には基本的に二つのタイプがある」と紹介した。一つは、自らの国民や固有の資産を攻撃から抑止するというもので、「中心抑止」(central deterrence)と呼ばれている。もう一つは、同盟関係にある他国や第三者に対する攻撃を抑止する、「拡大抑止」(extended deterrence)というものだ。たとえば、米ソ対立でにらみ合った両国は、ある時期、敵の先制攻撃を受けても敵を再起不能に陥らせるほどの報復可能な核戦力が生き残ることを前提して敵の先制攻撃を防止する、「相互確証破壊」(Mutual Assured Destruction)にあるという認識のもとで、相互抑止を働かせていたと考えられてきた(詳細については土山實男の『安全保障の国際政治学』を参照)。

 

核抑止論の二つの問題点

『核なき世界論』では、核抑止論の問題点を二つ指摘しておいた。最大の問題点は、相手(行為主体)の合理的行動を前提とする抑止論の誤謬である。相手が本当に合理的な他者であれば、その活動を予想しやすくなるから、先制攻撃をかけたほうが勝利につながるのではないか。なぜなら、相手の指導者は合理的思考ができるから、全滅よりは降伏する選択肢を選ぶとみなしうるからである。もし反撃すれば、相手からのさらなる攻撃を受け、全滅につながりかねない。こう考えると、冷戦期に米ソが先制核攻撃を行わなかったのは、むしろ、相手の指導者が合理的な思考をもった人物かどうかわからなかったからではないのかという結論が可能になる。相互確証破壊は他者の不確実性を前提にしていたと言えまいか。

 もう一つの問題点は、理論と現実の乖離というものだ。これは、核抑止が実際に機能したかどうかについては、証明できないことに関係している。たしかに米ソの冷戦下において、核兵器の拡大競争が起こり、キューバ危機のような一触即発の危険が迫ったにしても、ともかく核戦争は起きなかった。

これは抑止の成功と言えるのか。実は、そう単純に成功と断言することはできない。米国を中心とする抑止より、むしろ自らの軍事的劣位を知るソ連の自制によるものではなかったのか、とも言えるし、前述したように、そもそも合理的行動への信頼性がなかったのではないかとも考えられる。

核抑止ではなく、戦争の抑止に失敗した例をみると、実は、合理的な行動に裏づけられたものとは言えないケースが多くみられる。この場合、合理的行動とは、費用便益計算という功利主義的計算に基づいて、攻撃による利益(報復攻撃によるリスクを含む)が損失(費用)より大きいと、相手が予測しないかぎり、相手は抑止行動をとるというものだ。だが、実際の戦争(抑止の失敗)の多くは、合理的行動への信頼性に期待する見方そのものを否定する結果になっている。とすれば、核抑止論は現実に適用できないのではないかという疑問がわく。核抑止と、実際の通常戦争の抑止はもちろん、異なるものだが、戦争抑止にあまり有効性をもたない議論が現実の核抑止にどこまで妥当性をもつのだろうか。

 

ローズ・ゴッテモーラー著「核抑止力の不可解な敗北」

ここまでの考察をもとに、ローズ・ゴッテモーラー著「核抑止力の不可解な敗北」を紹介したい。彼女は、「核兵器対核兵器」における抑止力を否定しているわけではない。彼女が疑問を呈しているのは、「核兵器対通常兵器」における核抑止力の欠如という問題だ。

「モスクワは長年の軍事教義の一環として、自国の戦略資産に対する通常兵器による攻撃は核報復を招きかねないと主張してきた。しかし、それはキエフを止めることはできなかった。」――こう、ゴッテモーラーはのべている。

その証拠こそ、「スパイダー・ウェブ作戦」として知られる攻撃であり、「ウクライナ側の評価によれば、少なくとも10機の爆撃機を破壊し、核指揮統制用機を含む計41機の航空機に損害を与えた」。まさに、ウクライナはロシアの核戦力そのものを攻撃したのであり、「核抑止は機能していない」と指摘できる。核兵器を保有しているからといって、ウクライナはロシアへの核戦力攻撃を断念したわけではなかったのだ。

核抑止論が「核兵器対核兵器」においては、それなりの抑止力を効かせ得るのに対して、「核兵器対通常兵器」ではそうではないことに明確に気づいている人は少ない。たとえば、徹底したリアリズムの立場から国際政治を論じているジョン・ミアシャイマーは、UnHerdの編集長、フレディ・セイヤーズとのインタビューのなかで、つぎのようにのべている。

「もしロシアが核兵器を使用するとすれば、もっとも可能性の高いシナリオは、ウクライナ国内でそれを使うということだ。そして、ウクライナには自国の核兵器がない。つまり、ウクライナは自国の核兵器を使ってロシアに対して報復することができないだろうということだ。それによって抑止力が弱まる。さらに、もしロシアがウクライナで核兵器を使用した場合、西側諸国――ここでは主に米国を指す――は、ロシアに対して核兵器で報復することはないだろう。なぜなら、そうなれば全面的な熱核戦争に発展してしまうからだ。」

この発言からわかるように、核兵器保有国と核兵器非保有国との間には、核兵器使用に関する抑止力があまり効かない。この指摘は正しいが、問題は、核兵器非保有国による通常兵器を使った核兵器保有国への攻撃についてなのだ。

別言してみよう。ゴッテモーラーは、安直な議論を例示している。

「もしイランがすでに独自の核兵器を保有していたなら、イスラエルや米国は2月以降のように同国を攻撃し、イランの指導者を殺害し、軍事インフラを壊滅させることはできなかったはずだ。この議論からは、侵略に対する保険として、より多くの国が合理的に核兵器を欲しがるようになるという結論が必然的に導かれる。国家は最終的に、最大の敵を牽制するためにこれらの大量破壊兵器を必要とする。」

そのうえで、ゴッテモーラーはこうした主張が通常兵器レベルの攻撃抑止にはまったく役立たないと批判している。最近の紛争の現実は、核兵器非保有国による通常兵器を使った核兵器保有国への攻撃を示しているからだ。「ウクライナは、ロシア国内の奥深くにある標的だけでなく、ロシアの核戦力に直接関わる標的も攻撃している」し、「イランとその代理勢力は、核兵器を保有していると広く見られているイスラエルに対し、繰り返し攻撃を仕掛けてきた」のである。つまり、つぎのように言うことができる。

「これらすべての事例において、核戦争へのエスカレーションや報復の可能性は、通常戦やハイブリッド戦争の発生を阻止することはできなかった。実際、国家および非国家主体は、事実上、核保有国の「ブラフ」を見抜いているのである。」

だからこそ、「イラン、ウクライナ、イエメンのフーシ派、そしてその他の勢力は、核による報復のリスクが取るに足らないかのように振る舞っている」というわけだ。つまり、「核兵器は、大国を小国から守るわけではない」のである。こう考えると、ポーランド大統領が自国が核兵器を保有すべきだと示唆したり、韓国国民の間でソウルが独自の核兵器を保有することへの支持が高まったりしているのは、まったくの愚行と言うべきだろう。「核攻撃を受けた唯一の国である日本の国民でさえ、核兵器保有をめぐる議論を受け入れる姿勢を強めているようだ」とゴッテモーラーは書いているが、それは、日本の識者なる人々が不勉強で、アホな結果だろう。

ここで紹介したような真摯な議論を、マスメディアを通じて国民に披歴できない国には、ますます衆愚政治が広まり、事態は深刻化してゆくのである。おーい!もっと勉強しろ。

 

 

 

 

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塩原 俊彦

(21世紀龍馬会代表)

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