オリンピックへのロシアの参加問題:国家と個人の峻別をどうするべきか

(「独立言論フォーラム」向けに書いた原稿だが、適時に公表されそうもないので、このサイトで公表する)

「日本のジャーナリズムはすでに死んでいる」と、私は考えている。そんな日本だから、ロシアやベラルーシをめぐるオリンピックへの参加について、しっかりとした議論を見聞きする機会は極端に少ない。メダリストというだけの肩書きでテレビに登場する「コメンテーター」なる役割を担った複数の人物は、そもそもこの問題について知っているのだろうか。

私は、「論座」において、2021年2月15日に、「オリンピック招致委と組織委の闇:森喜朗は責任を果たせ」、同年6月1日と2日に、「「ぼったくり男爵」のIOC:eスポーツとオリンピック上」などを公開してきた。それなりに、オリンピックにかかわる問題について関心を払ってきたつもりである。そこで、ここでは、ロシアやベラルーシの選手のオリンピックへの参加問題について論点を整理しながら論じてみたい。

 

何が起きているのか

最初に、何が起きているのかを確認しなければならない。2023年3月28日、国際オリンピック委員会(IOC)の理事会は、国際競技連盟および国際スポーツイベント主催者に対し、ロシアまたはベラルーシのパスポートをもつ選手の国際競技会への参加に関する勧告を発表した。それによると、つぎの6項目が勧告された。

  • ロシアまたはベラルーシのパスポートを持つ競技者は、個人中立競技者としてのみ競技に参加しなければならない。
  • ロシアまたはベラルーシのパスポートを持つ選手によるチームは考慮されない。
  • 積極的に戦争を支援する競技者は出場できない。積極的に戦争を支援するサポート要員はエントリーできない。
  • ロシアまたはベラルーシの軍または国家安全保障機関と契約している選手は出場できない。ロシア軍、ベラルーシ軍、国家安全保障機関と契約しているサポート要員は出場できない。
  • 当該個人中立競技者は、他の参加競技者と同様に、当該競技者に適用されるすべてのドーピング防止要件、とくにIFのドーピング防止規則に規定される要件を満たさなければならない。
  • 戦争の責任者であるロシアおよびベラルーシの国家および政府に対する制裁(①ロシアまたはベラルーシで国際競技連盟(IF)または国内オリンピック委員会(NOC)が主催または支援する国際スポーツイベントを開催しない、②スポーツイベントや会議において、会場全体を含め、これらの国の国旗、国歌、色彩、その他のいかなる識別情報も表示しない、③ロシアおよびベラルーシの政府または国家公務員は、いかなる国際的なスポーツイベントまたは会議にも招待されたり、認定されたりすることはできない)は、引き続き実施されなければならない。

 

この勧告はあくまで国際競技連盟および国際スポーツイベント主催者に対して出されたものにすぎない。このため、「IOC理事会は、これらの勧告が、2024年パリオリンピックまたは2026年ミラノ・コルチナ冬季オリンピックにおけるロシアまたはベラルーシのパスポートをもつ選手およびそのサポート要員の参加に関係しないことを確認した」としている。要するに、競技連盟がこの勧告を満たすような条件を決めれば、IOCが最終的な参加許可を出すということだ。その時期はまだ明言されていない。だが、2024年大会の予選は2023年4月にはじまる競技もあるから、本当はのんびりしてはいられない。

 

ロシアの受けとめ方

つぎに、2023年4月2日付の「オリンピックへ-厳格なフィルタリングを経て」という記事を参考にしながら、この勧告に対するロシア側の受けとめ方について説明したい。まず、勧告条件は「前代未聞」と受けとめている。なぜなら、ドーピング疑惑のために国旗、国歌、国名をもたない中立的な立場で選手に競技に臨むようにした過去3回のオリンピックに比べて厳格な条件が課されたからである。

東京オリンピックでは、認知度の高いスポーツユニフォームを使用し、国歌の代わりにチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番の断片を使用することで、ロシアないしロシア人のアイデンティティを残すことができたが、今度はこうした抜け道が塞がれてしまった。ロシア人は、ロシアオリンピック委員会のメンバーとしてではなく、中立的な個人選手としてのみ出場が許される(勧告(1))。サポーターであっても、ロシアに関連する道具を持ち込むことはできない。

さらに、ロシア人はチームスポーツ(ホッケーからバスケットボールまで)、さまざまなリレー競技(バイアスロンから水泳まで)、チーム競技(体操など)への参加が禁止される(勧告(2))。スポーツによる差別は、オリンピック運動で初めて用いられることになる。

ほかにも、勧告(4)はロシアにとって大きな痛手となる。ロシアには、陸軍中央スポーツクラブ(ツェーエスカー)のスポーツクラブや、ソ連時代に設置された「チェーカー」(たとえば拙稿「ロシアの権力構造からみたウクライナ戦争:緒戦でのFSBの大失態がすべてのはじまり」を参照)の息のかかったスポーツクラブ(ディナモ)に属す選手が複数いるからだ。「東京オリンピックでは、71個のメダルのうち45個をツェーエスカーの選手が獲得していることを思い出せば十分だろう」と、記事は書いている。

勧告(3)も厳しい条件だ。「軍事行動への積極的な支持」を示したアスリートは、オリンピックから追放される。集会への参加、SNSへの投稿、Zマークのついた写真、メディアでのインタビューなど、この文言の背景にあるものがいったい何なのか、IOCは説明していないは、IOCは個々のスポーツの連盟に、独自の委員会を作ることを提案している。たとえば、ポーランドの関係者は、ロシアの選手が自国の領土で開催される大会に参加する条件の一つとして、「特別軍事作戦」なるウクライナ戦争を非難する書面を提出するよう提案している。

 

国際競技連盟の出方

この3月の勧告とは別に、個別の国際競技連盟のなかには、すでにロシアとベラルーシの選手に寛大な措置をとったものもある。ロシアとベラルーシのフェンシング選手は、2023年3月10日に行われた国際フェンシング連盟(FIE)の臨時総会で投票が行われ、国際大会への出場が許可されることになった。FIEの臨時総会では、60%以上の国が賛成し、7月にミラノで開催されるフェンシング世界選手権にロシアとベラルーシの選手が出場できる。ロシアオリンピック委員会チームは、東京オリンピックで三つの金メダルを獲得し、全体で八つのメダルを獲得してトップに立っていたから、要するに、ロシアの出場なくして順位に価値はないという状況にある。ロイター電によると、2023年1月にIOCは、この2カ国の選手が「アジア予選を通じてオリンピックの出場枠を獲得し、中立の立場で出場する道」を示しているという。

IOCと真っ向から対立する国際団体もある。2022年10月、ロシアの国営企業ガスプロムが最大のスポンサーになっている国際ボクシング協会(IBA)は、ロシアとベラルーシのアマチュアボクサーに対する禁止令を撤回し、国旗と国歌を掲げて競技することを許可すると発表した。声明でIBAは、「平和を求め、いかなる紛争にも平和をもたらす存在でありつづける」としている。ただ、IBAは、ガバナンス、財務、審判、倫理的な問題を理由に、2021年の東京オリンピックへの関与を剥奪され、また、2024年パリ大会の予選イベントや競技の運営にも関与しないことになっている。

 

そもそも「外圧」に屈しない団体

注目すべきは、そもそも「外圧」に屈しない国際団体もあることだろう。日本ではほとんど報道されないが、驚くべきことに、北米ホッケーリーグ(NHL)は、ロシアやベラルーシの選手に対して制裁を課していない。ロシア出身の40人の選手がNHLのオープニングナイト名簿に名を連ねたほどであり、リーグには50人以上のロシア人選手がいることから、彼らを「斬り捨てる」ことなどできないのだ(「現在、ウクライナ出身の選手はいない」という報道がある)。もしロシア人選手を出場停止にすれば、視聴者の関心とテレビの視聴率が激減し、NHLの収入は激減してしまうだろう。

NHLとそのプロホッケー選手のための労働組合であるNHLPAは、2024年2月のワールドカップ・オブ・ホッケー開催に向けて国際アイスホッケー連盟(IIHF)と連携する必要がある。IIHFはすでにロシアを国際大会から追放している。今後、どのような調整がはかられるかが注目されている。

 

テニス協会の対応は「あっぱれ」!?

個人と団体を峻別する競技連盟もある。2022年3月1日、テニスの国際統括団体による共同声明で、①WTA(女子テニス協会)およびATP(プロテニス協会)理事会は、10月にモスクワで予定されていたWTA/ATP合同イベントを中断する決定を下した、②国際テニス連盟(ITF)理事会は、ロシアテニス連盟とベラルーシテニス連盟の加盟を停止し、追って通知があるまで、すべてのITF国際団体戦へのエントリーを取りやめることを決定した、③ロシアおよびベラルーシの選手は、引き続きツアーおよびグランドスラムの国際テニス大会に出場することが許可されるが、追って通知があるまで、ロシアやベラルーシの名前や旗の下で競技を行うことはできない――ことを明らかにした。

同年4月、オールイングランド・ローン・テニス・クラブ(AELTC)とローンテニス協会(LTA)が「ロシアやベラルーシの選手が参加することでロシア政権が利益を得ることは容認できない」として、彼らのウィンブルドン大会への参加を禁止した措置に対して、WTAとATPは「不公平」で「非常に残念」としたうえで、2022年のウィンブルドンからATPランキングポイントを削除することにした。さらに、WTAは100万ドルの罰金(LTAに75万ドル、AELTCに25万ドル)を科した。

ATPの声明は、「どのような国籍の選手であっても、実力に基づき、差別なくトーナメントに参加できることは、我々のツアーの基本である」という一文からはじまっている。そして、声明の最後はつぎのように記されている。

 

「ロシアのウクライナへの壊滅的な侵攻に対する我々の非難は、依然として明確なものである。モスクワでのATPツアーイベントを中止し、ロシアとベラルーシの選手が中立的な旗の下でツアーに出場するよう、直ちに措置を講じた。これと並行して、我々は他のテニス統括団体とともにウクライナへの人道的支援を継続し、被害を受けた多くの選手に直接的な資金援助を行ってきた。」

 

なお、2023年3月、ウィンブルドン大会の主催者は、今度はロシアとベラルーシの選手の出場を認めることにした。

 

IOCの優柔不断

私は、ATPとWTAの個人と団体を峻別して、個人の参加を頑として認める姿勢に感銘を受けている(中立性の担保の部分がやや曖昧だが)。本来、個人と、国家との関係が深い競技団体や協会とを区別することが必要なのだ。これは、公的制裁と私的制裁を区別し、後者については企業経営者一人ひとりが熟慮せよという私の主張に対応している。

ところが、実際問題として、オリンピック競技には、国家から支援を受けたり、公務員だったりする選手がたくさんかかわっている。プロテニス選手と異なって、個人と国家との関係性がきわめて深い者が多数いるという厳然たる現実があるのだ。ゆえに、IOCの勧告はどうにも歯がゆい。

 

ボイコットの政治利用

その歯がゆさを利用して、ウクライナ政府はIOCに揺さぶりをかけている。ウクライナ青年スポーツ省は2023年4月12日、ロシアまたはベラルーシの選手が参加する国際大会に、ナショナルスポーツチームのすべての公式代表団が参加することを禁止する政令を発表したのだ。IOCの3月勧告の時点で、ウクライナ政府は、ウクライナ人選手がロシア人またはベラルーシ人が参加する大会をボイコットしなければならないと決定していた。それに対して、IOCは、「もし実施されれば、このような決定は、多くのウクライナの選手やその他のウクライナのオリンピック関係者の立場にも反することになる」としていた。さらに、IOCはウクライナ・テニス連盟が最近出した声明を紹介した。「ロシア人やベラルーシ人の出場が許されるのであれば、戦いを避けず、彼らと対戦して勝利する必要がある」という力強い記述こそ、ウクライナ政府はしっかりと受け止めなければならないはずだ。

ところが、政治家はオリンピック・ボイコットを長く政治利用しつづけてきた(IOCもまた政治利用してきた面もあることを忘れてはならない)。

たとえば、1956年、メルボルンオリンピックに対するボイコットがはじめて起きる。エジプト、イラク、レバノン、カンボジアは、スエズ危機の影響でオリンピックを見送った。オランダ、スペイン、スイスは、ソ連のハンガリー侵攻を非難するために参加しなかった。さらに、1964年の東京オリンピックに、北朝鮮、インドネシア、中国は参加していない。1976年のモントリオールオリンピックは、ラグビーチームが南アフリカに遠征した後、国連のスポーツ禁輸の呼びかけに反し、IOCがニュージーランドを禁止しなかったことに抗議して、アフリカ29カ国がボイコットする。ビルマ、スリランカ、イラク、台湾、ガイアナも大会をボイコットした。

おそらく多くの読者には、1980年のモスクワでの夏季オリンピックを、米国を中心とする66カ国がソ連のアフガン戦争に抗議して全面ボイコットした記憶くらいは残っているだろう。これに対して、その4年後、1984年のロサンゼルスオリンピックを、ソ連を中心とする18カ国がボイコットした。1988年には、北朝鮮とキューバがソウルオリンピックをボイコットし、エチオピア、アルバニア、セイシェルがIOCの招聘に応じなかった。2022年、北京で開催された冬季オリンピックは、中国政府によるウイグル族に対する人権侵害の告発を受け、米英、カナダ、ベルギーなど10カ国がボイコットした(これらの国は代表団を派遣しなかったが、選手たちの出場は認められた)。

 

オリンピックを利用する政治家に「喝」

1980年のモスクワオリンピックのボイコットによって、ソ連のアフガン戦争は停止しただろうか。いったい、このボイコットによって、アフガン情勢にどのような「いい面」が起きただろうか。よく知られているように、この大会のマラソン競技に瀬古利彦が参加していれば、金メダルがとれたかもしれないのに、彼の死にもの狂いの鍛錬・努力を無に帰したのがボイコットであったのだ。

こうした過去を検証し、猛省することもせず、「能天気な」政治家ばかりが目立つ。ウクライナ以外にも、リトアニア、ラトビア、ポーランド、デンマークなどが、IOCがロシアとベラルーシの選手の参加を認める決定を撤回しなければ、2024年夏季大会をボイコットするとすでに表明している。2023年3月30日の情報によると、フランスの首都セーヌ川での開会式まで500日を切ったいま、米国、ドイツ、イギリス、オーストラリアを含む合計35カ国が、ロシアとベラルーシの選手を禁止するよう委員会に要求している。

こうした国々の政治家に「喝を入れたい」。政治家は歴史を学び、過去の失敗を謙虚に反省すべきだろう。

 

ロシアの出方

ここまで説明してきた状況のなかで、ロシアはどのように対処しようとしているのだろうか。まず、軍選手抜きで代表チームを大会に送り、「特別軍事作戦」の支援とは無関係であることを証明するという選択肢については、ありえない。何より、降伏したようにみえるし、メダルの見込みという点でも非常に不利になるからだ。

ただ、一説によると、IOCの規則では、ある国がオリンピックをボイコットした場合、その国は次の大会から締め出されることになっている。つまり、2026年から2028年の大会へのロシアの参加が自動的に禁止されてしまうのである。

そこで、ロシアはアジアにシフトしつつある。まず、数カ月前からロシアサッカー連盟は、2026年ワールドカップの出場権を獲得できるアジア大会への移籍を検討している。2024年のオリンピック正式種目には選ばれなかったが、チェスについてはすでにその動きがはじまっている。ロシアチェス連盟は2022年3月、ヨーロッパからアジアへの移籍を全会一致で承認し、2023年5月に完了する予定だ。国際チェス連盟(FIDE)は、ロシアとベラルーシの参加者が中立の立場で個人戦に出場することを認めてきた。

ほかにも、ロシアは現在、多額の賞金をかけた国内大会のシステムをつくり、中国、イラン、アフリカ、中央アジアなどの友好国の選手たちが積極的に参加するよう呼びかけている。とはいえ、個人としてオリンピックに参加するのは茨の道となるだろう。

 

観客としての願い

一観客として願うのは、より幅広いスポーツ選手が参加した競技の実施である。それを実現させるには、少なくとも個人と国家・団体との峻別の徹底であろう。だが、テニス協会のような区別を正々堂々とできる競技団体は少ない。それができない競技団体はいわば「政治化」が進んでいるために、国家による介入を招いてしまうのだ。いまさら、そうした競技団体の政治離れを促そうとしても、そう簡単ではないだろう。

そうであっても、観客の側が安直にスポーツを政治化しようとする政治家を非難できる環境があれば、政治そのものを変えることができるかもしれない。その意味で、一人ひとりの選手が自分の声でスポーツの政治利用に反対することが必要だろう。テレビに登場して、コメンテーターの重責を担っているような「元アスリート」こそ、声を大にしてWTAやATPの対応を宣伝すべきなのだ。

加えて、スポンサーである民間企業の毅然とした対応も重要だ。ある競技のスポンサーになる理由が企業の販売する商品の広告であったり、企業イメージの向上であったりするのであれば、スポンサーはより多くの観衆の競技への関心を必要とする。そうであるのであれば、世界の一流選手の競技の場を提供することがめざされるべきであって、競技者の出身国など重要ではない。スポンサーは国際競技連盟に対して、政治的圧力に安易に妥協しないよう強く要請すべきなのだ。

わかりやすい例をあげよう。ロシアの女子フィギュア選手が世界選手権に出場しなくなったために、この大会をみる意欲を失った人は多いだろう。有力スポンサーである日本企業は国際スケート連盟に圧力をかけるべきなのだ。スピードスケートとフィギュアスケートが同じ連盟を形成しているために、要望が受けいれられないのであれば、連盟を分割してフィギュアスケート側だけの連盟をつくってもいい。

要するに、テニス協会のように、国家と個人を峻別できるように個々の観客や観客に近い国際競技連盟がしっかりしなければならないのである。それは、民主主義が結局、個々の有権者に支えられているのと同じである。

 

 

 

 

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塩原 俊彦

(21世紀龍馬会代表)

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