山本理顕を横浜市長に推す
尊敬する山本理顕が横浜市長選に立候補した。下記にしめしたように、私は彼の書いた『権力の空間/空間の権力:個人と国家の〈あいだ〉を設計せよ』(講談社選書メチエ、2015)のファンである。ゆえに、横浜市長選で善戦してほしいと願っている。
『ネオ・トランプ革命の深層』
この視角から建築について考察したのが山本理顕著『権力の空間/空間の権力:個人と国家の〈あいだ〉を設計せよ』(講談社選書メチエ、2015)だ。優れた必読書と言えるだろう。大澤真幸著『〈世界史〉の哲学 現代篇2 アメリカというなぞ』(講談社、2025)では、米国建国の父たちは、その政治の正統性を担う本的な観念のレベルにおいて、古代ローマがあったと指摘されている。「アメリカの初期共和制時代(1780~1830頃)には、建築や美術の多くに、ギリシア・ローマの古典主義の影響を認めることができる」と指摘されている(203頁)。それだけではない。President(大統領)、Republic(共和国)、Congress(議会)、Senate(上院)などはすべてラテン語である。合衆国の国璽
にある二つのモットー(E Pluribus unum[多数から一つへ]、Novus ordo seclorum[諸々の時代における新秩序)はともにラテン語で、ローマ由来である(202頁)。これが意味しているのは、アメリカ建国当時、古代ローマを参照しようとするベクトルとキリスト教信仰に準拠しようとするベクトルが互いに背馳し合っていたという歴史性である。
『ロシア革命100年の教訓』
計画化を支えているのは官僚であり、そのためにソ連は官僚制を高度に発達させた。それが全体主義国家を支えたのである。ロシア革命の教訓としなければならないのは、それが結局、官僚制をもたらしてし、国家優先の全体主義の強化につながってしまった点にある。近代官僚制は部署ごとに「目的」ないし「目標」を設定し、局地的に命令を発し、服従を迫るという上意下達の情報伝達システムを前提としている。このシステムが可能なのは、その命令が合理性をもつように装うことができるからである。「社会」や「国家」といったわけのわからない全体概念による要請を理由に、その命令が客観性をもち目的合理性があるかのように認識されてしまうのだ(山本, 2015, p. 154)。しかも、その命令は匿名で出される政令によって正当化されている。
未刊の拙稿「「サイバー空間」と「リアル空間」の融合する時代:新しい地政学に向けて」
ギリシャの都市国家は公的領域と私的領域をその設計思想によって区別してきたことが知られている。家屋のなかに両者の「閾(しきい)」が内在することで両者の分断を避けてきたのである。具体的には紀元前5世紀に活躍したミレトスのヒッポダモスこそ歴史上はじめての都市計画者の一人であり、アリストテレスの「政治学」に従って都市計画に従事したとされている(詳しくは山本理顕, 『権力の空間/空間の権力:個人と国家の〈あいだ〉を設計せよ』[講談社選書メチエ, 2015]を参照)。これこそまさに境界であり、裂け目に転化する契機となった。リアル空間にはギリシャ語のasylonに由来する「聖域」(asylum)という裂け目があったことがその後のヨーロッパの歴史に大きな影響を与えてきた(John Griffuths Pedley, Sanctuaries and the Sacred in the Ancient Greek World, [New York: Cambridge University Press, 2005], p. 97)。あるいは、イタリアの哲学者、ジョルジョ・アガンベンは、内戦、蜂起といった緊急事態を意味する例外状態は、「究極においては、アノミーとノモス、生と法、権威と権限とがどちらともつかない決定不能性の状態にある閾を設けることによって、法的-政治的な機械の二つの側面を分節すると同時にともに保持するための装置」として機能しているのだ」と指摘している(Giorgio Agamben, Stato di eccezione=上村忠男・中村勝己訳,『例外状態』[未来社, 2007], 174頁)。裂け目の分析はきわめて重要なのである。



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